その年の夏は、地球全体がおかしかった。
東南アジアでは全く雨が降らず、水田が涸れ、
中東では大雨による洪水が発生、
アメリカでは記録的な冷夏となった。
だが、サマーキャンプにいた7人は何も知らずにいた。
それが、誰も知らぬ世界での、冒険の始まりであることを。
 
 
 
 いつまで経っても忘れない。
 とても長くて、とても短い真夏の冒険。
 リリカルアドベンチャー、はじまります。
 
 
 
 
 
 
第1話  「漂流?冒険の島!」
 
 
 
 
 
 
「…え?」
 
8月1日。
太陽の光が突然消えた気がして、高町なのはは顔を空に向けた。
先程まではきれいな青空が広がっていたはずなのに、今では空一面が灰色の曇天。さらには、小さくてふわふわした白いものまで空から降りてきた。
 
「…ねぇ。これって……雪、よね?」
「多分、そうだと思うけど…でもまだ8月だよ?」
 
なのはの左隣に座っていたアリサ・バニングスが呟くと、なのはが答える前に、右隣にいる月村すずかが答えた。
 
「なんで真夏からこんなものが…ってきゃあ!」
 
アリサが言い終わる前に、ゴオッ、と強い風が吹いた。3人の顔に、無数の雪の粒が当たる。
 
「つめたっ…!」
「え、なんで吹雪くの!?」
「知らないわよ!」
 
 すずかが小さく震え、なのはの若干混乱した声にアリサが素早く言葉を返す。言いながらアリサは周囲を見渡すと、少し離れた小高い丘の上に、小さな祠のような建物を見つけた。
 
 
「とにかく……あの建物の中に避難するわよ!」
 
 
3人は吹雪の中を走って、建物の中へ入っていった。
 
 
 
 
 
 
建物の中に入ると、見知った顔がいた。なのはが笑顔で名前を呼ぶ。
 
「フェイトちゃん!」
「あ、なのは!アリサもすずかも無事だったんだね、よかった」
 
金髪をツインテールにした赤眼の少女――フェイト・テスタロッサが、それに笑顔で答えた。隣には、フェイトを少し幼くしたような、蒼い瞳を持っている、フェイトと瓜二つの少女がいた。
 
なのは達が小屋に入ってきて数分後、今度は車椅子に乗った短い茶髪の少女が、黒髪の少年に押されながら入ってきた。
 
 「お邪魔しまーす…ってあれ、みんなここに居ったんか」 
 「はやて!」
 「はやてちゃん!」
 
 フェイトそっくりな子以外の4人が、車椅子の少女――八神はやての名を呼んだ。はやては4人に向かって笑顔を返した。すると、すずかが心配そうに声をかけた。
 
 「外、急に吹雪いてきたでしょ?大丈夫だった?」
 「うん。どないしよって思っとったら、この人がここまで車椅子を押してくれたんよ。ええと…」
 「クロノ・ハラオウンだ。クロノでいい」
 「ほんまにありがとな。クロノ君」
 「なに、困ってる人を助けるのは当然のことさ。気にしなくていい」
 
 クロノ・ハラオウンと名乗った黒髪の少年は、優しさの混じった声で言った。

 


 
 いつの間にか、吹雪は止んでいた。小屋の窓からちらりと見える空が先程より明るくなっている。
 なのはが小屋の扉を開けると、「やっと止んだみたいだね」と言いながら外へ駆け出した。
 
 「雪だぁ!すごーい!」
 「あっ、待ってアリシア!気をつけて!」
 
 アリシアと呼ばれたフェイトそっくりな少女がなのはに続き、フェイトが彼女達を追うように外へ出る。
 
 「ひゃあっ…寒いなぁ、夏とは思えんわ」
 「早く大人がいるところに戻ったほうがいいな。いつまでもここにいるのは…」
 「わぁ、綺麗!すずかも早く見てみなさいよ!」
 
 両肩を抱くようにはやてが外へ出て、はやての車椅子を押しながら呟いたクロノの言葉を遮って、アリサがすずかの手を繋いで走りながら歓声を上げた。
 
 
 
 
 外に出ると信じられない光景が目に映っていた。
 
 「信じられないけど、これはこれでロマンチックねー」
 
 アリサがその光景、もとい、空を見上げながら嬉しそうに言った。
 
 「あ、あれって…」
 「オーロラやね」
 
 すずかの呟きにはやてがあっさり答える。
 
 「初めて見たよ」
 「すごいよねー」
 
 その2人の側でなのはとアリシアが呑気に言った。
 
 「でも、変だよ?日本でオーロラなんて…」
 
 すずかがまともな感想を述べると、はやても「せやねー…」と微妙な表情を浮かべた。
 「とりあえず、早く大人達のいるところへ戻ったほうがいい。」とクロノが皆に呼びかける。
 
 「そうだね…風邪ひくと大変だもんね」
 フェイトがそれに頷いた。
 
 
 
 
 オーロラの中で何かが光った後、奇妙な音が辺りに響いたのは、その時だった。
 
 
 
 
 
 「あっ、あれ!」
 
 
 なのはが叫んだ次の瞬間、光は7つに割れ、こちらに向かって落ちてきたのだ。
 
 
 
 
 「うわぁぁぁぁっ!」
 「きゃあああっ!」
 
 
 
 
 7人の足元に落下した光。大地が揺れ、雪が舞った。皆の悲鳴が辺りに響く。
 
 
 
 
 
 「みんな!怪我ないか!?」
 
 
 真っ先に体勢を立て直したのははやてだった。
 
 「なんとかね…」
 「びっくりしたぁ…」
 「い、今のは、一体…?」
 
 はやての呼びかけに、他の子たちが次々に答えた。
 
 「これ、隕石…?」
 
 やっとのことで心臓を落ち着かせたすずかが呟きながら、光が落下して開いた穴に顔を近づけると、その穴からまっすぐ光が伸びた。
 
 
 
 「え!?」
 
 
 
 何かが光を放ちながら浮かび上がってくる。
 最初になのはが躊躇いもなくそれを掴み、他の子たちもそれに倣った。「なに、これ…?」と言っているアリサの隣で、はやてが「これ、家に置いてきたはずなんやけど…」と呟いている。
なのはの手には首からかけるようにしてある紅玉が、フェイトの手には金色に輝く台座が、はやての手には茶色の表紙に金の剣十字が施された本が、クロノの手には薄い水色のカードのようなものが、アリサとすずかとアリシアの手にはそれぞれ見たことのない機械があった。アリサ達3人が掴んだ機械は色違いで、アリサが緑、すずかが紫、アリシアが黄色の機械だ。
 
 
「ポケベルでも、携帯でもないね…」とアリシアが掌を見つめた、その時。
その機械の画面が一瞬揺れ、突然目の前に、巨大な波の壁が現れた。
 
 
子供たちから悲鳴が上がる。
さっきまで、そこは確かに崖だった。崖だったはずなのに。
 
 
 
 
「う、わあああぁぁぁぁっ!!」
 
 
 
 
波は一瞬で、そこにいた7人の子供達を飲み込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……のは、ねぇ、なのはー…」
 
 誰かが私を呼んでいる気がして、目を開けた。
 差し込む光の眩しさに慣れてくると―――
 
 
 
 ――――目の前によくわからない物体がいた。
 
 
 
 「………え」
 
 ごしごしと目をこすってもう一度、その物体――いや、目も口もあるし、何かの生き物なんだろうか――と目を合わせる。………これ、生き物!?
 
 
 「ええぇぇぇぇっ!?なななな、何なのこれっ!?」
 「なのは、気がついたぁ!良かった、良かった~」
 「……しゃべってる…私の名前知ってる…?」
 
 なのは、よかったと何度も私の名前を呼びながら、目の前の不思議な生き物は、とりあえず立ち上がった私の周りをぴょんぴょんと跳ね回った。…意外と可愛い、かも。
 
 
 「…って、そうじゃなくて!」
 
 
 有り得ない。わけが分からない。今目の前にいてしゃべっているこれは一体何!?
 今までにないくらい混乱している頭で、私はなんとか言葉を紡いだ。
 
 「あ、あなたは一体…」
 「僕、コロモン!なのは、待ってた!」
 「コロモン?私を……待ってた?」
 「うん」
 
 私の腕に飛んできたコロモンは満面の笑みで返事をした。……嘘は言ってないんだよね、きっと。
 
 「それは一体どういうことなのかな?そもそもどうして私の名前を?」
 「なのはちゃん!」
 
 その時、後ろから聞き覚えのある声がした。
 
 「す、すずかちゃん!?」
 「よかった…私、独りぼっちになったかと思って…」
 「何言うてますん。うちがついてるやないですか」
 「ってええぇ!?すずかちゃん、その子は…!」
 
 困惑顔のすずかちゃんの足元には、これまた妙な言葉でしゃべっている妙な生き物がいて、私は思わずコロモンを落としてしまった。
 
 「ウチ、モチモン言います。よろしゅう」
 「ここで気が付いてから、ずっとついてくるの。私にも何が何だか…」
 「ここ?ここって………?」
 
 すずかちゃんの言葉を聞いて初めて、私は周囲を見回した。どっちを向いても木、木…とにかく植物ばかりだ。おまけに蝉の声まで聞こえてくる。
 
 「ここはファイル島ですわ」
 「そうそう、ファイル島」
 
 モチモンとコロモンが言った。
 
 「彼らは、そう言ってるんだけど…」
 「うーん……確かめてみないとね!」
 
 私はそう言って、近くの木に登り、短ズボンのポケットから単眼鏡を取り出して覗き込んだ。それを通して周囲を眺める。
 
 「海がある…。こんな山見覚えないんだけどなぁ…どこだろう、ここ」
 「ねーえ、なのは。何してる?」と言いながらコロモンも木に登ってきた。
 「え?あぁ、うん、ちょっと……ねぇ!何あれ!」
 
 
 今、何か赤いものが空を飛んでたよ!?
 
 
 「あれは……赤い…クワガタムシかな?」
 
 
 
 対になってるはさみも正面の口元にあるし………正面!?
 
 
 
 「きゃあっ!」
 
 
 
 単眼鏡から目をはずすと、その赤いクワガタムシが目前に迫っていた。私とコロモンは脚だけを掛けたまま、木にぶら下がってやり過ごす。クワガタムシはそのはさみで、先程の私の上半身ぐらいから上の部分の木を刈り取っていった。あ、危なかった……!!
 
 
 「あ、あかん!あれはクワガーモン!凶悪なデジモンや!」
 「えっ!?」
 
 
 クワガーモンと呼ばれた不思議な生き物の不気味な羽音が、背後から聴こえてくる。
 
 
 
 
 「なのは!」
 
 
 
 
 上体を起こし、コロモンに名前を呼ばれて後ろを振り向くと、こちらに向かってくるクワガーモンが見えた。
 
 
 「プウッ!」
 
 
 コロモンが木から跳んで、クワガーモンに向かって泡を吹いた。泡は当たったものの、コロモンはクワガーモンにぶつかってはじき飛ばされる。クワガーモンが飛んできて、木が折れた。
 
 
 「きゃあああっ!」
 
 
 私は地面に落ちた。痛い。
 
 「なのはちゃん!」
 「私は大丈夫…」
 
 私が木から落ちて少しすると、コロモンが上から落ちてきた。
 
 「コロモン!」
 
 私はコロモンの側に行き、その体を抱き上げた。
 
 「馬鹿…無茶しないで!」
 「なのは…」
 「でも、おかげで助かったよ…ありがとう、コロモン」
 
 私がそう言うと、コロモンは「なのは…」と呟きながら笑顔になってくれた。
 
 「…! また、クワガーモンが来るよ!」
 「あかん!こっちや、こっちに来るんや!」
 
 モチモンを先頭に、クワガーモンに背を向けて走る私達。こちらに向かって飛んでくるクワガーモンは、バキバキと音を立てて木をへし折りながら迫ってくる。
 
 
 「こっちやー!」
 「えっ!?」
 
 
モチモンはある一本の木の前で止まると、その木の中に飛び込んで消えた。すずかちゃんが思わず声を上げる。すぐにクワガーモンが追いついてくるだろうから、急がなきゃ!
 
 
 「…行くよ!」
 
 
私はすずかちゃんの腕を引っ張って、モチモンが飛び込んだ木の中へ入った。
 
 
私たちが飛びこんだ木の中は空洞だった。
「これは…見せかけの木なんだね」とすずかちゃん。
しばらくすると木をバキバキに折る音も、クワガーモンの羽音も遠ざかっていき、辺りは再び先程の静けさに包まれた。うまく撒けたのかな…?
その時、外から声がした。
 
 
 
「もう大丈夫みたいやで」
「はやてちゃん!」
 
 
 
木の外に出ると、はやてちゃんがいた。
「あぶなかったなぁ」
「ううん、大したことなかったよ。…って、あれ?」
 
 
 
 
 
私が疑問に思ったのは二つ。
 
「クワガーモンの音、遠くに行ったよ。はやて」
「ん。ありがとうな、ピョコモン」
 
一つ目ははやてちゃんの側にいたこの子のこと。
 
「ピョコモンって…」
「植物みたいだけど、あの仲間…?」
 
すずかちゃんが言いながら、後ろのコロモンとモチモンを見る。
そしてもう一つ。
 
 
 
 
「…ねぇ、はやてちゃん。その……車椅子は?」
 
 
 
 
目の前のはやてちゃんは自分の両足で立っていたのだ。車椅子がどこにも見当たらない。
これには隣のすずかちゃんも、ひどく驚いている。
 
「あー…車椅子なぁ、気が付いてからあちこち探したんやけどどこにも無かったんよ。で、この足は……正直私にもようわからん。なんでか知らんけど動くんや、ここに来てから」
 
はやてちゃんは苦笑いしながらそう答えてくれた。
 
「どういうことなのかな?」
「でも…よかったね、はやてちゃん」
「はは…なんや久しぶりすぎて、歩き慣れるのにちょう時間がかかってもうたけどな」
 
 
その時、視界の端からもう一匹不思議な生き物が飛び出してきた。
 
「これも、そうなのかな?」
 
すずかの呟きも聞こえないのか、開口一番、叫んだのは聞き覚えのある名だった。
 
 
「こっちだよー!アリシアー!」
「えぇっ!?」
 
 
 
 
すると向こうの方から、見覚えのある金髪の姉妹がこちらに向かって走ってきた。
 
 
「トコモーン!」
「アリシア!」
 
 
フェイトちゃんとアリシアちゃんだ!
 
 
「フェイトちゃん!」
「なのは!みんないたんだ。…あれ?はやて、その足…」
「あ、うん、その話は後で。ええと…フェイトちゃんの持ってるそれ…」
「え?あぁ、この子は…」
「ツノモンです、よろしく」
 
フェイトちゃんの脇に抱えられている子は少し照れながら、ツノモンと名乗った。傍らではアリシアがトコモンに頬ずりしている。
 
 
「うわあっ!」
 
 
すると今度は突然茂みが揺れて、黒髪の少年が飛び出してきた。肩にはやっぱり不思議な生き物がいる。
 
 
「クロノ!」
「クロノ君!」
「ああ、なのはもフェイトもここにいたのか。……ところで一つ聞きたいんだが、こいつは一体何なんだ?」
「こいつじゃないよ、プカモンだよー」
 
プカモンという生き物はそう言うと、クロノ君の肩から飛び降りて、コロモン達の元へ。コロモン達は声を合わせて、こう言った。
 
 
 
 
「僕達、デジタルモンスター!」
 
 
 
 
「…デジタルモンスター?」
何だろう、それ。