不思議な生き物達――彼らが言うには「デジタルモンスター」というらしい――は、嬉しそうに自己紹介を始めた。
 
 
 「ボク、コロモン!」
 「ツノモン…です…」
 「ピョコモンだよ!」
 「わて、モチモンでんがな」
 「プカモンだよ。クワッ!」
 「ボク、トコモン!」
 
 
 
 なのは達も自己紹介をする。
 
 「私、高町なのは。聖祥大付属小学校の5年生だよ!」
 
 
 
 「同じ5年生のフェイトちゃんとはやてちゃん」
 「フェイト・テスタロッサです」
 「八神はやてや。よろしくな」
 
 
 
 「やっぱり同じ5年生のすずかちゃん」
 「月村すずかです。よろしくね」
 
 
 「そっちがクロノ君」
 「クロノ・ハラオウン。6年だ」
 
 
 
 
 
 「ええっと、それから…」
 
  なのはが少し言葉に詰まったが、
 
 
 「アリシア。アリシア・テスタロッサ。小学校2年生だよ!」
 
 
  アリシアは元気良く自分から自己紹介をした。
 
 
 
 
 
 お互いの自己紹介も一通り終えると、なのはが皆に向かって苦笑いをしながら言った。
 
 「ええと…これで全員、じゃないよね」
 「アリサちゃんがおらんな」
 「ああ。そういえば、僕はアリサに…」
 
 
 「キャーーーーーーーッ!!」
 
 
 クロノが言い終わらぬうちに、悲鳴が聞こえてきた。
 皆はハッと振り返り、悲鳴の聞こえた方向へと駆け出す。
 すると、生い茂った木々の向こうから、アリサと植物のような生き物が走ってきた。
 
 「アリサちゃん!」
 「アリサ!」
 
 
 なのはとクロノが叫ぶ。
 
 
 
 
 するとこちらに向かってくるアリサ達の背後から、先程のクワガーモンが飛び出してきた。
 
 
 
 「クワガーモンだ!」
 
 
 クワガーモンは不気味な羽音をたて、はさみをガチガチと鳴らしながら、なのは達の頭上ギリギリを飛び抜けてゆく。
 
 
 「アリサ、大丈夫?」
 「タネモン…」
 
 座り込んだアリサを心配そうに見上げるタネモン。そんな二人に、はやてが真っ先に駆け寄った。
 
 「しっかりするんや、アリサちゃん」
 「はやて……え!? その足は…?」
 「ちゃんと後で話したるよ!とりあえず今は、」
 「また来るよ!」
 
 なのはの声を耳で聞きながら、はやてはアリサの手を引きながら叫んだ。
 
 
 「立ってや!!」
 
 
 
 
 
 
 
 7人と7匹が、森の中を全力で走る。
 その背後から、木々を薙ぎ倒す音が絶え間なく聞こえてきていた。
 
 
 「伏せて!」
 
 
 フェイトが叫びながらアリシアを、はやてがアリサをかばって地面に突っ伏した。また強い風とともに、羽音が頭上を通り抜けた。
 
 
 「な、何なんだこれは…」
 
 
 後ろでクロノが身体を起こしながら呟いた。「一体ここはどういうところなんだ?」
 
 
 
 「また来る!」
 
 
 
 今度はピョコモンが叫んだ。振り返ると、ゆっくり旋回するクワガーモンの姿が目に入った。なのはが悔しそうにクワガーモンを睨み付ける。
 
 「くっ…あんなのにやられたらたまらないよ!」
 「無理や、なのはちゃん!」
 「そうだよ、私達には何の武器も無いんだよ!」
 
 今にもクワガーモンに立ち向かっていきそうななのはを、はやてとフェイトが止める。アリシアが、不安そうな表情でフェイトを見上げていた。
 
 
 「ここは逃げるしか!」
 
 
 すずかが言い、なのはは悔しそうに頷いた。
 再びクワガーモンとの命懸けの鬼ごっこが始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ああっ!!!」
 
 
 しばらく走り続けて、ある場所で全員が前方を見れば、目の前には崖。
 先頭を走っていたなのはが崖に近づいて下を覗き、皆の方に振り返って告げた。
 
 「こっちは駄目!別の道を探さなきゃ!」
 「べ、別の道って…!?」
 
 若干息が切れているはやてが言った瞬間、後ろの木がガサガサと動き、追いついてきたクワガーモンが飛び出してきた。
 
 
 「うわああああっ!!」
 
 
 またクワガーモンが頭上を通過し、強風を巻き起こす。クワガーモンは、崖のさらに向こうで再び旋回しようとしていた。
 
 「今のうちや!」
 
 はやてが、崖に最も近いなのはを呼んだ。しかし、クワガーモンはすぐに、森の方へ向かうなのはに迫ってきた。
 
 
 「なのはぁっ!」
 
 
 追いつかれる!と誰もが思ったその時、コロモンが、クワガーモンに立ち向かっていった。
 
 「プウッ!」
 
 コロモンはクワガーモンに泡をはくが、クワガーモンの勢いは弱まらない。そのままクワガーモンに衝突した。
 
 「コロモン!!」
 
 なのはが振り返って叫んだ。
 クワガーモンはそのままフェイト達へ向かってきた。
 
 
 「うわぁっ!!」
 
 
 すると今度はデジモン達が、一斉にクワガーモンに立ち向かい、泡をはいた。
 
 「プウッ!」
 
 だが、彼らも軽々と、クワガーモンに吹っ飛ばされた。
 
 「うわぁっ!」
 
 デジモン達の泡攻撃の影響か、クワガーモンは旋回に失敗し、派手な音をたてながら、森へ身を突っ込んだ。
 
 
 
 
 「ピョコモン…」
 
 はやてが身体を起こしながら、パートナーの名を呼んだ。
 
 「馬鹿っ、なんて無茶を…!」なのはがコロモンを持ち上げながら言う。
 
 「だって、ボクは、なのはを守らなくちゃ…」
 「コロモン…」
 
 
 他のメンバーも、それぞれパートナーのもとへ駆け寄った。
 
 
 「ピョコモン…」
 「タネモン、大丈夫っ……!?」
 「どうして、あんなことを!」
 「トコモン、トコモォン!」
 「しっかりして、ツノモン!」
 「プカモン、お前…」
 
 
 すると、大した間もなく、森の方から、再びカタカタと、奇妙で不気味な鳴き声が聞こえてきた。
 
 
 「ええっ!?」
 
 
 大きな音をたてて木をへし折りながら、はさみをガチガチと鳴らしたクワガーモンが再び姿を現す。
 メンバー全員が、パートナーを抱えながら、なのはのいる崖の方へと走った。
 なのはが驚きながら言った。「あれ…まだ生きてた!」
 ずん、ずん、とゆっくり一歩ずつ近づいてくるクワガーモン。はさみを鳴らす耳障りな音が、近づいてくる。
 
 
 「くうっ……このままじゃ!」
 
  悔しそうに言いながら、なのは達はクワガーモンを正面から睨んだ。
 
 
 
 「行かなきゃ」
 「え?」
 
 
 
 不意に、クワガーモンを見ていたコロモンが、なのはを見つめて、決意のこもった声で、言った。
 
 「ボクたちが、戦わなきゃ…いけないんだ!」
 「何言ってるの!?」
 
 
 
 「そうや、わいらはそのために待っとったんや」
 「そんな…」
 
 モチモンも、困惑しているすずかの腕から飛び出そうとする。
 
 
 
 「行くわ…!」
 「無茶や!あんたらが束になってもあいつに敵うはずないで!」
 
 
 ピョコモンを止めようとするはやて。
 
 
 
 「でも行かなきゃ!」
 「あっ」
 
 ツノモンの突然の身動きに一瞬動きが止まるフェイト。
 
 
 「ばうわうわうーーーっ!!」
 「オイラもぉーーーーっ!!」
 
 歯茎ごと歯をむき出して、アリシアの腕の中で暴れるトコモン。
 掴んでいるクロノの手を、力づくで引き剥がそうとするプカモン。
 
 
 「タネモン、あなたも!?」
 「うん!」
 
 アリサの問いに、タネモンも、しっかりと頷いた。
 
 
 
 「行、くぞぉっ!!」
 
 
 
 デジモン達が一斉に飛び出す。
 たまらず、なのは達はパートナーの名を叫んだ。
 
 
 
 
 「ピョコモン!」
 「モチモン!」
 「ツノモン!」
 「トコモン!」
 「プカモン!」
 「タネモン!」
 
 
 
 「コロモォーーーーン!!」
 
 
 
 
 なのはがコロモンを追いかけようと駆け出した時、一瞬、首から下げた紅玉の中で、画面のようなものが揺れた。
 同じように、子供達が身につけていた謎の機械が皆、一斉に光りだした。
 その光に呼応したかのように、突如、空に黒いブラックホールのようなものが現れ、そこから真っ直ぐに伸びてきた虹色の光の柱が、デジモン達に降り注いだ。
 
 
 
 「コロモン進化! アグモン!!」
 「ピョコモン進化! ピヨモン!!」
 「モチモン進化! テントモン!!」
 「ツノモン進化! ガブモン!!」
 「トコモン進化! パタモン!!」
 「プカモン進化! ゴマモン!!」
 「タネモン進化! パルモン!!」
 
 
 
 光が消えた、そこには。
 姿を変えた、デジモン達がいた。
 
 
 
 「な、なに!?」
 
 なのはが思わず叫んでしまった言葉が、他の子供達全員の心境そのものである。
 
 
 
 「みんな行くぞぉっ!」
 
 
 
 そう高らかに宣言したアグモンを先頭に、デジモン達は一斉にクワガーモンに飛びかかった。
 全員で体当たりをするが、あっさりと跳ね返される。
 だが先程とは違って、デジモン達はすぐに立ち上がった。アグモンが力強く言った。
 
 
 
 「これくらい大丈夫!」
 
 
 
 「ポイズンアイビー!!」
 
 自身の爪のようなものをのばし、羽を開いて飛ぼうとしたクワガーモンの足に巻きつけるパルモン。
 
 
 
 「エアーショットォ!!」
 
 空を飛びながら、パルモンが抑えているクワガーモンの後頭部に、大きな音をたてて空気砲を当てるパタモン。
 
 
 
 「プチサンダー!!」
 
 テントモンが、同じようにクワガーモンの頭を狙って電撃をくらわせ、ゴマモンが、体勢を崩して浮いたクワガーモンの足を払って転ばせた。クワガーモンは片膝をついた。
 
 
 「みんな離れろ! ベビーフレイム!!」
 「プチファイヤー!!」
 「マジカルファイヤー!!」
 
 とどめをさすように、アグモンがオレンジ色の火球を、ガブモンが真っ直ぐにのびた青い火を、ピヨモンが螺旋を描いた黄緑色の火を吹き、クワガーモンの頭に攻撃した。
 頭に小さな火がついたクワガーモンは仰け反りながら、痛みを訴えるように鳴き声をあげた。
 
 
 「よし、もう一度だ!」
 
 
 アグモンの合図でもう一度、一斉に攻撃が放たれた。
 クワガーモンはそれをまともにくらい、叫び声をあげながら、ゆっくりと仰向けに倒れ、ついには森の中に姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 「や、やった……」
 「なのはぁ~!」
 
 アグモン達が笑顔でパートナーのもとへ駆け寄る。
 なのはは笑顔で、自分のもとへ飛び込んできたアグモンを抱きしめた。
 
 
 「わぁ…!すごい!すごいよ!」
 
 
 なのはだけでなく、他の子供達もそれぞれ自分のパートナーを笑顔で称えている。対するデジモンは皆、本当に嬉しそうな顔をしていた。
 
 
 
 だが、デジモン達も子供達も、誰もが興奮していたし、クワガーモンを完全に倒したと思っていたから、すぐには気付けなかった。
 ガサガサと音を立てて、赤色のはさみが、再び森から顔をのぞかせたのを。
 森から出たきたクワガーモンを、最初に自分の視界に入れたのは、はやてだった。
 
 
 
 「あっ…!なのはちゃん!!」
 
 
 
 ただならぬはやての叫びに、なのはが慌てて背後を振り返ると、クワガーモンがはさみを高く振り上げているのが目に入った。なのはは、すぐさま皆の方へ走り出した。
 クワガーモンははさみを勢いよく振り下ろし、地面に突き立てた。そこから地面に亀裂が入り、それは、足場を大きく揺らしながら、子供達とクワガーモンを隔てていった。
 
 
 
 
 ――――なのは達のいた崖を、崩しながら。
 
 
 
 
 「うわああああっ!!」
 「きゃああああっ!!」
 
 
 
 空中に投げ出される感覚。
 なのは達とデジモン達の悲鳴が、空に響く。
 7人と7匹は、なす術も無く、切り離された崖ごと、落ちていった。
 
 
 
 そう。
 それが、7人の子供達の、
 とても長くて、とても短い、
 夏休みの、始まりだった。