大きな水竜の、太くて重い鳴き声が、静まっていた湖の大気を震わせる。
 湖が荒れ狂い、その影響で、路面電車のある小さな小島も大きく揺れた。
 
 「一体どうしたんや!?」
 「地震だわ!」
 「やっぱり電車が動き出したのか!?」
 「モンスターが、出たんだよ!」
 「シードラモンやぁっ!」
 
 テントモンがそう呼んだデジモン――シードラモンは、怒り狂いながら体をうねらせ、地面を砕いている。シードラモンが暴れる度に、小島全体が、大きく震えた。
 
 「きゃあっ!やっぱり地震よ!」
 
 子供達からシードラモンの下半身が見えない以上、アリサの表現も、間違ってはいなかった。
 やがて、小島は陸地と繋がりを断ち、自身の目の前から離れ始めたので、フェイトは思わず立ち上がった。
 
 
 「島が…動いてる!?」
 
 
 
 
 
 
 
 「島が、動いてる!!」
 
 アグモンが、驚きの声を上げた。なのはも、信じられないという風に叫ぶ。
 
 「…動いてるの!?」
 「なんだか、この島をシードラモンが引っ張っているみたい!」
 「そんなアホな!シードラモンは、殺気を感じん限り、襲っては来ぃしませんでぇっ!?」
 
 シードラモンは、なのは達のやりとりも全く聞こえていないようで、ただただ島を引っぱっていた。その姿は、怒りに我を忘れているようにも見えた。
 しばらく進んだところで、シードラモンがようやく止まった。
 
 
 「わぁ止まった」
 
 
 
 アグモンがほっと息をつく。
 
 
 「あんさんら何か悪いことしよりましたかいなぁっ!」
 
 シードラモンの尾に乗っかって、テントモンがなのはとアグモンに聞いた。
 
 
 「なんにもしてないよ!」
 
 なのはとアグモンは間髪入れずにそう答えた。その次の瞬間、
 
 
 
 「きゃあっ!」
 
 
 
 赤い葉のようなものがうねり、湖の中へと入っていった。そして、熱を冷ませるように、じゅうじゅうと音を立てながら、再び水面に現れる。なのはは、そこでようやく、自分が起こした騒動の全貌を把握した。
 
 
 
 「あぁっ!あの葉っぱみたいなの、あの子の尻尾だったんだ!」
 「やっぱりあんさんらのせいやぁ~!」
 
 
 
 テントモンが実に情けない声で叫んだ。
 シードラモンは子供達の会話には目もくれず、少し焦げ目の付いた自分の尻尾で小島を直接叩きつけた。なのは達のいる小島が、先程以上に、大きく揺れる。
 
 
 「きゃあっ!…あの子、怒ってる!」
 
 
 休む間もなく、シードラモンは水中に潜り、今度は小島の真下から頭突きをかました。
 
 
 「うわぁっ!島が流されていくぞ!?」
 「あたし船酔いしそうー…」
 
 子供達を乗せたままの島は、シードラモンになされるがまま、どんどん動いていった。
 
 
 
 
 
 「アリシア、なのはっ!」
 
 
 
 
 その光景を見ていて、いてもたってもいられなくなったフェイトは、勢いよく湖に飛び込んだ。
 
 
 「ま、待ってぇ!毛皮が水に濡れてしまう…でも、ええぃっ!」
 
 ガブモンも、一瞬ためらったが、フェイトを追って湖に飛び込んだ。
 
 「はぁっ、はぁっ…!」
 
 フェイトが、並みならぬスピードで湖の水をかきわけて泳ぎながら、なのは達のいる島との距離を詰めていく。
 
 
 
 
 
 
 一方シードラモンに動かされていた島は、水面から顔を出していた電柱にぶつかり、ようやくその動きを止めたところであった。
 
 「はぁ…やっと止まった」
 「でもこれじゃあ、どこにも逃げられないよ!」
 
 実際、すずかの言う通りで、島は、陸からかなり離されていた。辺りは一面、夜の月に照らされて輝く水辺。なのは達には逃げ場が無かった。
 だが、シードラモンにそのような事情は無用なのである。
 
 「きゃあっ!襲ってくるよ!」
 
 
 
 「みんな、行くよっ!」
 「オッケイ!」
 
 アグモンが、他のデジモン達に呼びかけた。ゴマモンがそれに応え、他のデジモン達も、応答する代わりに攻撃を仕掛けた。
 
 
 「マジカルファイヤー!!」
 「エアーショットォ!!」
 
 ピヨモンとパタモンの攻撃が命中するが、シードラモンは、それらの攻撃に対し、邪魔くさそうに嫌な顔をしただけで、効いてはいないようだった。
 
 
 「ポイズンアイビー!!」
 
 パルモンが爪を伸ばして攻撃しようと試みるが、シードラモンの背丈が圧倒的に大きく、届かない。
 
 
 「プチサンダー!!」
 「ベビーフレイム!!」
 
 飛びながらテントモンが小さな雷撃を、地上からはアグモンが火球を当てたが、やはりこれもシードラモンには効かなかった。
 
 
 それを見たなのはは、このままでは勝てないと判断して、アグモンに呼び掛けた。
 
 「アグモン、進化だよ!」
 
 
 
 
 だがアグモンの返答は、なのはにとって意外なものであった。
 
 
 
 
 「さっきからやろうとしてるんだけど、出来ないんだよ!」
 「なんで!?」
 「だからボクにもわかんないってば!」
 〈すみません。私にもわかりません、マスター〉
 「どういうことなの…!?」
 
 
 その時、ようやくフェイトが島に追いついた。
 
 
 
 
 「アリシア、なのはーっ!」
 「フェイトちゃん!?」
 「お姉ちゃん!!」
 
 アリシアとゴマモンが、湖を泳いできたフェイトに近づく。
 すると、シードラモンがまた島を揺さぶり、そのせいでアリシアはバランスを崩して湖に落ちてしまった。
 
 
 「お姉ちゃん!…きゃあっ!」
 「アリシア!!」
 
 
 フェイトが慌てて、アリシアが落ちた辺りまで泳いでくる。
 
 
 「ぶわっは!」
 「お姉ちゃん!」
 
 ゴマモンが、アリシアを背に乗せて水面から顔を出した。大事には至らなかったようだった。
 
 「いいぞゴマモン!」
 「フェイトちゃん、早く!」
 「…! フェイト、シードラモンやぁーっ!」
 
 クロノがゴマモンを褒め称え、なのはがフェイトに早く島に上がるよう急かし、テントモンがシードラモンが襲ってきているという事実を伝えた。
 
 
 
 
 だがフェイトは、島には上がらず、
 
 
 「ゴマモン、お願いねっ」
 「はぁーい!」
 
 
 ゴマモンにアリシアを任せると、
 
 
 
 「ほら!シードラモン、こっちだよ!」
 
 
 
 と言って、再び湖を泳ぎだして、自ら囮になった。シードラモンの注意が、フェイトに向けられる。
 
 
 
 「プチファイヤー!!」
 
 フェイトの後ろを泳いでいたガブモンが、シードラモンに攻撃した。
 
 
 攻撃は見事、シードラモンの右頬に命中した。だが、シードラモンはさらに怒って、反撃と言わんばかりにガブモンを尾ではたき飛ばした。
 
 
 
 「えあっ!」
 「ガブモン!…きゃっ!」
 〈サー!!〉
 
 
 フェイトは島の方へと飛ばされるガブモンを見ていたが、突然、シードラモンに足を引っ張られ、水中に引きずりこまれた。
 
 
 
 「お姉ちゃん!!私のせいだ、私を助けようとしてお姉ちゃんは…!」
 「フェイトちゃん!!」
 
 アリシアがわめくようにして泣きそうな声で叫び、なのはが、悲鳴混じりの大声でフェイトの名前を呼ぶ。
 
 
 
 
 「くっ…うわあああああっ!!」
 
 
 
 
 水中から出てきたフェイトは、シードラモンの尾にきつく巻きつかれていた。
 
 
 
 「まずいでっせ!シードラモンは、一度掴んだ相手は、息絶えるまで締めつけるんやぁっ!」
 
 
 
 テントモンが言った驚愕の事実を聞いて、
 
 
 
 「お姉ちゃーーーん!!」
 
 
 
 アリシアが、目に涙を浮かべながら大声で自分の姉を呼んだ。
 
 
 
 
 「くっ…うぅっ…!」
 
 フェイトが苦しそうにしているのを、とても見ていられないアリシアは、パタモンに呼びかけた。
 
 「パタモンお願い!お姉ちゃんを助けて!」
 「ボ、ボクの力じゃシードラモンには通用しない!ガブモン、お前なら!」
 パタモンとアリシアの緊迫した表情が、ガブモンに向けられる。
 「む、無理です、オレには、そんな力は…」
 〈ガブモン!〉
 
 
 
 「あああああーーーっ!!」
 
 
 
 ガブモンが小さくどもる声と、バルディッシュがガブモンを呼び掛ける声をかき消すように、フェイトの絶叫がガブモン達の耳を突き抜けた。
 
 
 「フェイトちゃん!!」
  「お姉ちゃーーーんっ!!」
 
 なのはとアリシアの悲鳴が、いっそう大きくなった。
 
 
 
 「フェイトーーー!!」
 
 ガブモンもフェイトの名を呼んだ。無意識のうちに、ガブモンの拳が、強く、強く握られた。
 
 
 
 
 
 「もうフェイトのハーモニカが聴けないなんて…あの優しい音色が聴けないなんて…!」
 
 
 
 
 
 そんなことが、あってたまるかと。
 絶対に、そんなことさせるものかと。
 そう、力強く宣言するかのように。
 
 
 
 
 
 「フェイトーーーーーーーッ!!!」
 〈サァーーーーーーーーッ!!!〉
 
 
 
 
 
 パートナー達の声が、月光に照らされる湖に響き渡り。
 バルディッシュの中の画面が一瞬揺れて。
 ガブモンが、輝かしい進化の光に包まれた。
 
 
 
 
 
 「ガブモン進化! ガルルモン!!」
 
 
 
 
 
 光が収まると、そこには巨大な、一匹の蒼き狼がいた。
 ガブモンが進化した姿――ガルルモンは吠えながら、ものすごい速さでシードラモンに立ち向かい、フェイトを締め上げていたシードラモンの尻尾を切り裂いた。フェイトは、重力の法則に従って湖に落ち、水面から顔を出した。
 ガルルモンは、そのままシードラモンの胴体に噛みついていた。シードラモンが、悲鳴を上げて、体を激しく揺さっている。
 だが、ガルルモンは再び尻尾ではたき落とされた。そして、水中に沈められる。
 ガルルモンがシードラモンと戦ってくれている間に泳いでその場を離れたフェイトは、息を切らしながら、島の上でガブモンの進化した姿を見つめていた。アリシアがフェイトに近づいて、声をかけた。
 
 
 「お姉ちゃん大丈夫!?」
 「私より、ガブモンが…!」
 
 
 素早く泳いでシードラモンを混乱させるガルルモン。シードラモンがガルルモンに噛みつこうとしたその時、ガルルモンの毛皮の一部が、シードラモンの目に直撃した。シードラモンが、再度悲鳴を上げる。
 さらに、ガルルモンを叩きつけようと繰り出した尾も、毛皮に触れると、スパッと切り裂かれた。
 
 「ガルルモンの毛皮は、伝説の金属“ミスリル”並みの強度なんやぁっ!」
 
 
 テントモンが、ガルルモンを応援しながら言った。
 
 
 「なんなの?伝説の金属って」
 
 すずかがテントモンに聞いた。
 
 「伝説やさかい、わても見たことないさけん、知りません」
 「物知りなのかそうじゃないのか、わからないなぁテントモンは…」
 「んなアホなぁ…」
 
 苦笑いしながら言ったなのはの言葉で、テントモンが少しへこんだ。
 
 
 なんとか反撃しようと試みるシードラモンが、ガルルモンに対して氷の息吹を吐き出した。ガルルモンが、見る見るうちに氷漬けにされていく。
 
()
 
 
 「あれは、シードラモンの必殺技、アイスアローや!」
 
 気を取り直したらしいテントモンが、驚いたように言った。
 だが、ガルルモンは、自身の身に被せられた氷を砕きながら起き上がった。小さく砕けた氷の粒が、月光に照らされてキラキラと輝く。
 
 
 
 「フォックスファイヤー!!」
 
 
 
 ガルルモンは蒼く輝いた炎を吐くと、シードラモンのアイスアローを押し返し、そのままシードラモンの顔面を焼いた。
 シードラモンは、そのまま気を失って、湖の中へと沈んでいった。
 
 
 「やったぁ!!」
 
 アリシアとフェイトが、二人同時に喜びの声を上げた。
 
 
 
 
 戦いが終わるとガルルモンはガブモンに戻り、そのすぐ後に夜が明けて太陽が昇ってきた。
 
 「ガブモン!」
 
 フェイトが、陸に上がってきたガブモンに声をかける。
 
 
 「なんとか無事だったみたいだねー」
 〈ご無事でなによりです、サー〉
 
 「はじめから進化できた…わけじゃないんだよね。ありがとう、ガブモン、バルディッシュ」
 
 
 すると、向こうから走ってきたアリシアが、ガブモンに勢いよく抱きついてきた。
 
 
 「ガブモン!ありがとう、助けてくれて!バルディッシュも!」
 「いやぁ、そんなぁ」
 〈当然のことを、したまでです〉
 
 
 ガブモンとバルディッシュが、照れながらも、嬉しそうに答えた。
 
 
 「それに、お姉ちゃんも本当にありがとう」
 「へっ!?べ、別にそんなこと…」
 
 自分が礼を言われるとは思っていなかったのか、フェイトは顔を真っ赤にしてそっぽを向きながら、小さく呟いた。
 
 「照れ屋なんだから♪」
 「そ、それはガブモンの方だよぅ…」
 
 似た者同士な二人を見て、皆が笑った。
 
 
 
 「でも、どうやって岸に戻るんだ?」
 
 ふと、思い出したようにクロノが呟いた。
 
 「オイラに任せて!」
 
 ゴマモンがそう言って湖に飛び込むと、
 
 
 
 
 「マーチングフィッシーズ!!」
 
 
 
 
 色とりどりの魚達を呼びだし、島を、陸に向かって動かしていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「あー、疲れたぁ…」
 
 アリサが眠気の混じった声で、言った。
 辺りはもう、小鳥が鳴いている時間帯になっていた。
 
 
 「でも、どうして今度は、ガブモンだけが進化したんだろう?」
 
 すずかが誰に聞くでもなく呟く。はやてが、上体を起こしながら思いついたように言った。
 
 
 
 「もしかして、フェイトちゃんがピンチだったからやないか?」
 
 
 
 なのはは、はやてのその発言を聞いて、先日の状況を思い返した。シェルモンに締め上げられた自分、シェルモンに踏みつけられながらも自分の名前を呼んでくれたアグモン、それに呼応するかのように光り出した胸元のレイジングハート。
 
 
 「この前、アグモンが進化した時も、私が危機一髪の時だった…」
 「テントモン達が進化するのは、私たちに大きな危機が迫ったときなのかな?」
 「そうやね、きっと」
 
 
 はやてがそう言った直後、不意にアリサがはやてに寄りかかってきた。
 
 
 「わわっ…どうしたんやアリサちゃん」
 「もうここで寝る…」
 
 アリサはそのまますぐに眠ってしまった。
 
 
 「…たった1日ここで過ごしただけなんに、さらにたくましくなったなアリサちゃん」
 「そのうち僕みたいにがっちりした体になるねぇ、きっと」
 「アタシみたいな翼も生えるかもね!」
 「そんなのいやぁ…」
 
 アグモンとピヨモンの言葉に小さく返事を返すが、すぐに寝息を立てるアリサ。
 そんなアリサを筆頭に、子供達とそのパートナーは、次々と、夢の世界へ入っていった。
 
 
 
 
 なのはも、木に寄りかかって皆の様子を見ていたが、思わず欠伸が出た。
 
 「ふわぁ~あ……ん?」
 
 その時ふと聴こえてきたハーモニカの音色。
 皆から少し離れたところで、フェイトがハーモニカを吹いていた。
 フェイトのすぐそばには、アリシアとパタモン、そしてガブモン。
 アリシアが寝言で「お姉ちゃん…」と呟いたのをすぐ隣で聞いたフェイトは、一瞬目を瞬かせて、少し頬を紅く染めながらも、ハーモニカを吹き続けていた。
 
 
 なのはは、そんなフェイトとアリシアの姉妹を見て、優しさに満ち溢れた笑みをこぼさずにはいられなかった。
 
 
 暖かい日差しの下、優しい音色が、ゆったりと湖畔に響いていった。