森の上をよぎった、何か。
それを見た瞬間、よくわからへんけど、
言葉にできんような嫌な予感が、したんや。
第4話 「灼熱!バードラモン」
「ん?」
「何の音だろう?」
その音に最初に気付いたのは私となのはちゃん。私達が空を見上げると、何か黒いものが空を横切って飛んでいったところやった。
距離が遠かったから何なのかはよくわからんかった。けれど、その黒いものを見た瞬間、一瞬だけ、私の胸に小さな痛みが走った。
「…あれ?」
「どうしたの?はやてちゃん」
「え…いや、なんでもあらへん」
本当に一瞬だったから、私は気のせいだろうと思うことにした。
「歯車みたいだったね」
「空飛ぶ円盤やないの?」
「歯車型の隕石だったりして」
「…何にしても、いい感じのするものではないな」
すずかちゃん、私、アリサちゃん、クロノ君が口々に言う。クロノ君の発言には、言葉にこそしないけれど、私は心の中ですごく同意した。
その瞬間、突然バキッと鈍い音がした。アリシアちゃんが足をかけていた木の折れる音やった。
「いたたたた…」
「大丈夫?アリシアちゃん」
なのはちゃんがアリシアちゃんを抱き上げながら言った。
「いったぁ~…けど大丈夫、我慢する」
アリシアちゃんがそう言うので、私はアリシアちゃんの足に怪我が無いか確認しながら言った。
「我慢しなくてもええよ?痛かったら痛いって言ってもええんや」
「うん……本当はちょっとだけ痛い」
「大丈夫ー?アリシアーっ!」
「あんさんには言われたないなぁ」
アリシアの身を案ずるパタモンに、テントモンが突っ込みを入れ、皆が笑う。
「さ、行こかー」
皆に笑顔が戻ったところで、私が皆にそう呼びかけた。
「そうだね。泣き言言ったって始まらないしね」
フェイトちゃんが私の言葉に反応してくれた。
「そうはいっても、どっちに行けばいいかなんて誰にもわからないし…」
なのはちゃんの一言を耳で聞き、「それは、確かにそうやけど…」と言いながら、私は周囲を見渡し、そのまま流れるように視線を目の前にいるピヨモンに向けた。ピヨモンは私に擦り寄って、
「あたしは、はやてがいればそれであーんしん♪」
と、笑顔で言ってくれた。何を根拠に安心しているのかはわからないが、すごく嬉しい。なので、
「まぁ、それで安心できるってのもすごいけどな。私そんな大物やないし…せやけど」
私はそう言いながらピヨモンの頭を撫で、
「私もみんながおれば一安心や♪」
とびきりの笑顔で言ってやった。
「えへへ!…でもはやて、『おおもの』ってなぁにー?」
ピヨモンも嬉しそうな表情を返してくれた。続けて、きょとんとしながらさっき理解できなかったらしい言葉の意味を聞いてきた。『大物』なぁ…なんて説明しよう。
「…んー、ええよ、気にせんでも」
考えれば考えるほどわからなくなったので、私は逃げることにした。
「私、はやてのしゃべってること、いっぱい知りたい!!教えて!ねぇ~」
それでも折れないピヨモンが、すごい好奇心溢れた目で私を見つめてくる。
「そ、そんなこと知らなくてええよ?」
「仲良しだね。はやてとピヨモンは」
「余裕だね、はやてちゃん」
「もー、からかわんでええよー。フェイトちゃんもなのはちゃんも」
気付けばみんなは先を進んでいた。あ、置いてかれるのはあかんなぁ。
大体なのはちゃんもフェイトちゃんも、自分のパートナーとすごく仲が良いやないか。人のこと言えへんよ。
「ピヨモンは人懐っこいデジモンなんや」
「そうなんだ…デジモンによってそれぞれ性格が違うんだね、やっぱり」
「はやて、はやて~」
前を歩くテントモンとすずかちゃんのやりとりを聞きながら、私も、後をついてくるピヨモンと手を繋いで歩き始めた。
「あ!森から抜けるよ!」
フェイトちゃんの言葉を聞いて前を見ると、森の先に、砂地と……何でかわからへんけど電柱が見えた。
「ここって、テレビで見たアフリカのサバンナに似てる…」
顔を伝う汗を拭いながら、すずかが言った。
「え!?じゃあライオンとかキリンとか出てくるのかな?」
「うーん…そんな普通の生き物だったら良いんだけどね」
ちょっと期待をこめて言うなのはを見て、苦笑いしながら返すフェイト。
「ここにはそんな動物いないよ~?」
「その通り。ここにはデジモンしかいてまへん」
そんな2人にガブモンとテントモンが突っ込んだ。
「デジモンしかいない、かぁ…」
「ねぇ、すずか。サバンナって、電柱とか建ってるものなの?」
ため息混じりに呟くなのはからすずかへと目を向け、先程から目に付く電柱についてフェイトが尋ねる。
「ううん。さっきサバンナに似てるって言ったけど、サバンナって普通は電柱とか建ってないんだよね…」
「…人間が近くにいるのか?」
「うーん…でも海岸の公衆電話とか、湖の電車みたいなことだってあったからねぇ」
すずかの返答に考え込むクロノだが、なのはに言われ、「そうだな…」と言い再び黙った。
「あ、じゃあこれ試してみない!?」
アリサが「じゃーん!」と言いながら鞄から取り出したのは、コンパス。アリサが自分の父からこっそり借りてきたという道具の一つだった。
コンパスをもつアリサを皆で囲いながら、全員がコンパスに目を向ける。
だが、コンパスの針は方向を定めるどころか、すごい速さで回転し始めた。
「やぁー!なにこれぇー!!」
コンパスが壊れ、理解ができないと叫ぶアリサ。すずかが足元の砂をすくって言った。
「砂みたいに見えるけど、これよく見たら鉄の粉だよアリサちゃん!磁石にくっつくの!」
「やっぱり私ら、とんでもないとこに来たんかな…」
はやてが空を見上げながら呟いた。傍らでは、「なんなのよもうー!」と叫んで暴れるアリサを、フェイトとパルモンが宥めている。話題を変えるように、苦笑いをしていたすずかが再び口を開いた。
「それにしても暑いね…水を確保したほうが良いんじゃないかな?」
「うん…そうだね」
すずかが言った水の確保の提案に、なのはが同意する。
「あーもうっ!ここは一体どこなのよぉーーーーっ!!」
アリサの叫びは、むなしく砂地に響き渡った。
「あー、暑いね…」
「森の中では、直射日光は当たらなかったからな…」
「このままじゃ、全員干上がっちゃうね…」
なのは、クロノ、フェイトが口々に続けた。
「ふぇ~…」
「暑いのか?ゴマモン」
「氷が欲しい…せめて、水~…」
ゴマモンが苦しそうに言い、その隣にいるクロノが心配する。
「…帽子貸す?パルモン」
「ありがと、アリサ~…」
「よっと……うん、似合うじゃない!」
頭の花ごと少々しおれてるパルモンに、自分の帽子を被せてやるアリサ。
「はやて、はやて~。頑張って歩こう?」
「元気やなー、ピヨモン…」
「はやて~」
「わっ。ちょう、ピヨモン、歩きづら…っとと」
はやての足にくっついて離れないピヨモンに、苦笑いしながらはやてが言いかけると、はやてはバランスを崩して転びそうになった。
「あ、ごめんはやて…ピヨモン、おとなしくする」
「あー、大丈夫。なんともないからな?ええと…わかったわかった。一緒に歩こう。な?」
「わぁい!ピヨモン嬉しい!はやてだ~いすき!!」
そう言って再びはやての足に擦り寄るピヨモン。そんなピヨモンを、「私も大好きやでー」と言いながら優しく撫でるはやて。その二人を見て、皆に再度笑顔が戻った。フェイトが、いかにもはやてらしいなと思いながら小さく笑うと、はやて達に背を向けて、砂地の先を見据えて呟いた。
「でも歩いても歩いても、何も見えてこないね。本当に森に戻ったほうがいいかもしれない」
そう言うフェイトに、なのはが待ったをかけた。
「あ、フェイトちゃん。ちょっと待ってね…っと」
フェイトの隣に来たなのははそう言って単眼鏡を取り出すと、遠くを見やった。
「よっと…ん?あれ……村だ!!」
なのはの一言に、全員が「え!?」と声をあげた。
「ということは、やはり人間がいるのか?」
「わからないけど、行ってみる価値はありそうだね!」
クロノの当然の疑問に、言葉を返しながら歩き始めるすずか。
「のど渇いたね、パルモン」
「うん…」
「お腹すいたよー…」
「すいたすいた~」
傍らでは、アリサとパルモン、アリシアとパタモンがそれぞれ言葉を交わしている。
「よし、あの村へ行ってみよう!!」
なのはの一言に、全員が「おー!!」と答え、再び歩き出した。
―――その頃。
誰にも届いてはいなかったが、苦しそうに声をあげるデジモンが、一匹、存在した。
突然飛んできた黒い歯車が自身の胸に埋め込まれ、そのデジモンは呻く。
その歯車は、先程子供達が森で見た、黒いもの。
その黒い歯車を、この先、何度も見る羽目になるとは、
子供達もデジモン達も、まだ、思いもしなかった。
村が近づいても、見えてくる村の大きさがあまり変化しない。疑問は村に着くとすぐに解けた。その理由は、
「ピョコモンの村だったんだ……」
という、なのはの呟きが全てを語っている。
ピョコモンは小さい。故に、村のもの全てがピョコモンサイズなので、村自体が小さい。結果、人間の膝下くらいの大きさの家ばかりが、たくさん並んでいた。
呆然とする子供達。けれどピヨモンは、嬉しそうに声をあげた。
「ピョコモ~ン!みんなピヨモンの仲間!」
「ねぇねぇ!なんてゆうデジモンなの?」
「へ!?私!?」
急にピョコモンに話を振られたはやてが、戸惑い、なんと言うべきか考えていると、ピョコモンが説明した。
「違うの違うの。この人たちはデジモンじゃないの。ニンゲンっていう生き物。とお~ってもいい人たち!」
「ニンゲン!?」
「デジモンじゃないの?」
「いい人たち?」
ピョコモンにとって、人間は珍しい生き物のようで、なのは達にはとても興味を持っているようだった。
「まぁ、人間はいないだろうな」
「何もかも全部ピョコモンサイズだね!」
「あたし、これ見てたら、昔読んだ『ガリバー旅行記』思い出したわ」
一方のなのは達はなのは達で、普通よりも小さいサイズの家に興味津々な様子で、クロノやなのは達は、家を覗きながら口々に感想を述べた。
「うまくいけば、ここで一泊ぐらいできそうだと思ったんだけど…無理そうだね」
「これじゃあ、家に入ることもできないしね」
フェイトとすずかも、ピョコモンの村の大きさに苦笑いしながら、会話をする。
「ボクたちだったら何とかなるけどね!」
「人間は無理だな…」
パタモンが楽しそうに言う隣で、クロノは少し肩を落としながら呟いた。
ピョコモンとピヨモンは話が尽きないようで、ピヨモンは、ピョコモン達から様々な質問を受けていた。
「ピヨモン、どうやって進化したんだ?」
「はやてと一緒にいたら、いつの間にか進化したのよ」
ピヨモンが嬉しそうにピョコモンに話している間に、はやてはこっそりとピヨモン達の背後にある家の陰に座り込んだ。
「およ?なんだそれ?ピヨモンの言葉?」
「ううん、違うのよ。これははやてが使ってる言葉。一緒にいると、はやての言葉たっくさん覚えるから!」
ピヨモンの言葉を聞いて、微笑ましく思うはやて。自然と、顔に笑みが浮かんだ。
「へぇ~、そうなんだ!」
「それよりどうして進化できたの?ただニンゲンと一緒にいれば進化できるの?」
そう聞いたピョコモンに、ピヨモンは胸を張って、こう答えた。
「それはきっと、はやてを守るため!」
「私を、守る?」
突然の言葉に、はやては思わずピヨモンの言葉を繰り返した。同時に、はやては胸が温まるのをはっきりと感じた。
(でも、そういえば…)
はやては思い出す。海辺でなのはを助けるために進化したグレイモンと、湖でフェイトを守るために進化したガルルモンの姿を。
(じゃあ、私が危機になったら…?)
そう考えながら、はやては手元にある闇の書を見つめた。
以前の戦闘での進化の際には、レイジングハートやバルディッシュが光り輝いていた。
「…なんや、ここに来てから嬉しいことばかりや」
はやては闇の書の表紙を撫でながら、ここに来る前のことを思い返した。
―――自分の他には誰もおらず、月が出ていた、薄暗い家。
―――車椅子に乗って、すでに星となった両親のことを思い出しながら、一人で泣いた夜を過ごした日々。
「ん、なんや?闇の書?」
思い出した際に寂しさが顔に出ていたのか、はやての頬に擦り寄ってくる闇の書。
「心配してくれたんか?私は大丈夫やよ。…ありがとうな」
言葉は交わせないものの、闇の書の温かな気持ちが伝わってきたはやては、闇の書を両腕でギュッと抱きしめた。
「はやてぇ!ピョコモン達が、みんなにご馳走してくれるって!」
いつの間にかはやての側に来ていたピヨモンが、笑顔で思いがけないことを言った。はやてにも、いつもの明るい表情が戻る。
「ほ、ほんまに!?」
それを聞いて、皆が口々に感謝の意を述べた。
「やったぁ!!」
「感謝するよ、ピョコモン」
「あたしお腹ペコペコ!」
「一体、どんなご馳走なんだろうね?」
すずかをはじめ、皆が期待に胸を膨らませる。すると、突然アリシアが「噴水がある!水だ水だー!」と目を輝かせてすずかの前を走り過ぎていった。すずかがアリシアの走る先を見ると、確かに、少し小さめの噴水があった。
「この辺りは、みんなミハラシ山に水源があるの。とってもおいしいんだ!」
「この水があの有名な、ミハラシ山の水ですわ」
一匹のピョコモンが説明し、テントモンがそれを補足した。
「ミハラシ山?」
噴水を見ていたアリシアがそう聞き返すと、ピョコモン達が声を揃えて、遠くにある山を指した。
「あの山!!」
「あの山…?」
アリシアがピョコモン達の指した方を見ると、電柱の建つサバンナの向こうに、ドーナツを大きいものから重ねていったような大きな山があった。
―――異変が起こったのは、アリシアを追って皆が噴水の元に集まってきた頃だった。
チロチロと出ていた噴水の水が止まって数秒後、ドーンという低い音とともに、いきなり噴水から炎が噴き出したのだ。皆は驚きの声をあげた。
「そんな、のど渇いてたのに!」
「これってどういうこと!?」
アリシアとアリサが叫んだ。
「どういうことなの!?」
尻餅をついたままのなのはが言う。「一体どうして!?」と言うピョコモンを見る限り、ピョコモン達にも原因がわからないようだった。
「だ、大丈夫!あっちに池があるから!」
ピョコモンは戸惑いを隠せぬ声でそう言いながら、池のある方向を指差した。なのははすぐに立ち上がると、
「行ってみよう!!」
ピョコモンの指した方へと駆け出した。
池に到着したなのは達が見たのは―――
「ああっ!」
「そんなぁ!」
「水がない…っ!!」
――――ピョコモン達の声がむなしく響く、干上がった池だった。
干からびた池を目の当たりにしたなのは達は、今度は急いで最後に残された井戸へと向かい、井戸の中にバケツを入れた。ばしゃん、と水しぶきのあがった音がする。なのはは内心でほっと息をつくが、
「とにかく上げてみて、なのは!」
フェイトにそう言われたので、慌ててバケツを上げてみる。すると、
「え?」
ロープの先が、プスプスと音を立てて焦げていた。ロープの先につながっていたバケツが無くなっている。
直後、井戸からも火が噴き出した。
「にゃあああっ!?」
なのはは慌てて後ろへのけぞった。自分の心臓が、大きな音を立てて拍動しているのを感じた。
「び、びっくりしたぁ…」
「実は、さっきミハラシ山に何か落ちるの見た!」
目の前で火を噴く井戸を見て、ピョコモンが急に言い出した。
「あ!私たちが見たアレだね?」
「黒い歯車のこと?」
フェイトとすずかが思い出したように言った。
「せやけど、ミハラシ山に歯車が落ちたからって、なんで…?」
「何が起こっているんだ…?」
はやてとクロノの疑問ももっともなことだが、ここでは答えが出ない。
「この辺りの水は全てミハラシ山の泉が水源なの!だからミハラシ山に何かあったら、水は全部干上がっちゃう!」
ピョコモンの言葉に、すずかが「そうなんだ…」と呟いた。
「でも、ミハラシ山にはメラモンがいるの!」
「ミハラシ山はメラモンが守ってくれてるはずなの!」
ピョコモン達が言うことには、ミハラシ山を守っているメラモンというデジモンに何かあったようだった。
「…ミハラシ山だね?見てみようか!」
なのはは単眼鏡をポケットから取り出すと、ミハラシ山に目を向けた。
ミハラシ山の頂上から炎が上がり、小さな灯が猛スピードで山を下りてくる。さらに拡大してみると、それは全身に炎を纏った人のようなデジモン。
「なんなの、あれ!?」
なのはは思わず声をあげた。
「メラモンが山から下りてくる!」
「メラモンが山から下りてきた!」
「どうして!?」
「いつものメラモンじゃない!」
メラモンが山を下りることはめったに無いようで、ピョコモン達も戸惑いを隠せない。なのはは呟いた。
「メラモン…あれが…?」
「何か、言っとる…?」
はやての言う通り、メラモンは大声で何かを叫んでいるようだが、うまく聞き取れない。
呆然とする子供達とデジモン達。
だが、危険が近づいている―――胸が小さく痛むのを感じながら、はやてはそう思った。