微かに聞こえる叫び声が、少しずつ、近づいてくる。
 メラモンが山を下りきったのか、山の周りに広がっていた森にも火の手が回った。
 何が起こっているのかは子供達にはわからないが、村とメラモンの差は確実に縮まってきていた。
 そしてついにメラモンが、森を抜け、サバンナに姿を現した。
 
 
 
 「みんなぁーーーっ!!」
 
 
 いち早く我に返ったなのはが、叫んだ。
 
 
 
 
 
 
 「逃げてぇーーーーーっ!!!」
 
 
 
 
 なのはの一声で一斉に駆け出した皆は、ピョコモンを連れて、干上がった池にあった船の残骸へと避難しはじめた。
 こんなにいたのかと驚くほど、ピョコモンはたくさんいた。ピョコモン達は、必死に小さい足を動かしながら崖を下り、池の岸辺から、船へと向かう。
 子供達は、沢山のピョコモン達を先導していた。
 
 
 「ここに隠れて!」
 「早く、早く!!」
 「足元に気を付けて!」
 「大丈夫か、みんな!」
 
 
 
 
 船の入り口でピョコモンを誘導するなのはとはやて、船の上でピョコモン達を運ぶフェイトとクロノ、アリサ。
 
 「なんだかまずそうだな…」
 
 クロノが両手いっぱいにピョコモン達を抱え、サバンナの方を見ながら呟いた。
 
 
 
 
 
 
 「アリシアちゃん、急いで!」
 
 避難を始めてからしばらくして、船の入り口にようやく、すずかとアリシアが到着した。なのはの声を耳にしながら、ピョコモン達を目で追っていたはやての視界に、目の前を横切ったアリシアの帽子に必死にしがみつくパタモンの姿が不意に映った。その姿を見て、はやてはハッとした。
 
 
 
 ――――あの子が、おらん。
 
 
 
 バッと、はやてが崖のほうへ視線を投げる。そのはやての視線の先――崖の上に、ピョコモン達を一人で誘導するピヨモンがいた。
 
 
 
 「みんな、こっちに逃げるのよ!」
 「ピヨモンも早く逃げて!」
 「ピヨモンまでやられちゃう!」
 
 
 ピョコモン達が逃げながら、ピヨモンの身を案じて声をかけている。だが誘導をやめようとしなかったピヨモンにいつもの甘えてくる表情は無く、真剣な表情で、
 
 
 「まだ大丈夫!ピョコモンたち、あたしの仲間じゃない!」
 
 
 とだけ、言いきった。
 
 
 「あの子、仲間を助けてるんや…っ!ピヨモン!!」
 
 そんなピヨモンを見たはやては何かを決心すると、ピヨモンのもとへ走り出した。
 
 
 
 「はやてちゃん!?どうしたの!?」
 「危ないよ!戻ってきて、はやて!!」
 
 なのはやフェイトの制止の声も聞かず、はやては走る。ピヨモンの、もとへ。
 はやての視線の先にあるのは、やっと最後のピョコモンがピヨモンの前を通過したのを確認して、ホッと息をつくピヨモンの姿。
 しかしそのピヨモンの背後に、追いついてしまったメラモンが迫っているのが、走り続けるはやての目には映った。
 
 
 
 
 はやてがメラモンを見たその瞬間―――先程よりもさらに、胸が痛んだ。
 
 
 
 
 
 「…っ! ピヨモン、後ろっ!!」
 
 胸の痛みに顔をしかめながら叫ぶはやての声を聞いて、背後を振り返るピヨモン。
 メラモンが、高く手を振り上げた。それに気付いたピヨモンが、慌てて羽根を広げ、飛んで逃げようとするが、間に合わない。
 メラモンは勢い良く手を振り下ろした。当たったのか、風圧か。どちらかはわからないが、ピヨモンは吹き飛ばされ、崖から転がり落ちた。
 
 
 「ピヨモン!!」
 
 
 はやてが、つい数日前までは全く動かなかった自分の両足で地面を勢いよく蹴った。その勢いのまま、はやては、地面に叩きつけられそうになったピヨモンを空中でキャッチし、ピヨモンを両腕で抱いたまま地面に転がった。小さく土埃が舞う。
 土埃が収まると、ピヨモンが弱弱しく顔を上げてはやてを見つめた。
 
 「はやて…ピヨモンのこと、助けに来てくれた?」
 
 
 するとはやてが、間髪いれずに答えた。
 
 
 
 
 「当たり前やろっ!大事な、大事な…っ」
 
 
 
 涙目のはやてが、自身の、小さく震えている両腕でピヨモンをきつく抱きしめて、言葉を紡ぐ。
 胸の痛みは、もはや気にならなくなっていた。
 
 
 
 
 
 「大事な……家族なんやからっ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 両親が既に亡くなっているはやてにとって、夜は、独りで過ごすものであった。
 眠れない時は星を見上げ、両親と、自身の動かぬ足のことばかり考える毎日。
 病院に行けば、図書館に行けば、外に出れば誰かしらと会話をすることはできた。
 それでも、はやてが過ごす日々の中で、夜だけは、独りであるままだったのだ。
 
 
 だから、他人と過ごす夜があんなにも、温かいものであったことさえ――――いつからか、忘れていた。
 
 家族と過ごしていた夜が、あんな風に――――温かかったことさえ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「傍に誰かがいるって思いながら寝たのなんて久しぶりやった、一日中みんなと一緒におるのなんて初めてやった…。そして、私が、車椅子を使わんでみんなと歩いてるなんて夢みたいな話が、今、ここに来てから叶ってしもうてる」
 
 
 
 はやてはピヨモンを強く抱きしめたまま、震えているが落ち着いた声で言い続ける。
 
 
 
 「本当はあり得ない話なんやろうけど、理由なんて私には必要ない。実際にそうなっとるんなら、それだけですごく嬉しいんや。それと同じ…我が儘でもなんでもええ。ピヨモンが私の家族であることに、理由なんて要らへんのや!」
 
 
 
 ―――自分のエゴであることはわかっている。けれども、家族と呼ばせてほしい―――
 
 
 
 ―――はやては、そう言った。
 
 
 
 はやての側で宙に浮いていた闇の書も、ピヨモンに擦り寄る。闇の書のひんやりとした表紙と、はやての両腕の温かさを肌で感じながら、ピヨモンもまた、はやてを抱きしめ返して笑顔で言った。
 
 
 
 
 
 「ありがとう、はやて!」
 
 
 
 
 
 だが、まだ終わってはいない。
 ボオッという嫌な音とともに、メラモンは、手のひらの中に、火の玉を作り出した。ピヨモンがそれを察知する。
 
 「はやて、危ない!」
 「え!?」
 
 「はやて、隠れてて!今度はあたしがはやてを…家族を助ける!!」
 
 ピヨモンはそう言うと、はやての腕から飛び出し、メラモンに立ち向かっていった。
 
 
 
 「マジカルファイヤー!!」
 
 
 
 ピヨモンがメラモンに攻撃するが、特に効いた様子も無かった。それどころか、ピヨモンが攻撃する度に、メラモンは段々と大きくなっている。
 それを見て、「ピヨモンだけじゃ、太刀打ちできない!」と叫んだなのはの側から、アグモン、テントモンとパタモン、ガブモンが、飛び出した。「よし!」と、なのはとすずかもはやて達の元へ向かう。
 
 
 
 
 「バーニングフィスト!!」
 
 
 
 
 大きくなったメラモンが投げつけた火の玉が、空を飛んでいたピヨモンに直撃した。
 
 
 「うわぁっ!!」
 「ピヨモン!!」
 
 
 目の前で真っ逆さまに落下していくピヨモンを見て、悲鳴のような声をあげるはやて。胸の痛みも続いているようで、右手でシャツの胸の辺りをきつく掴んでいる。はやては無意識に、膝をついた。
 
 
 「ピヨモン…っ!」
 「みんなも、ピヨモンを応援して!!」
 「お願い、テントモン!!」
 
 ようやく追いついたなのはとすずかが、デジモン達に指示をした。
 
 
 
 「ベビーフレイム!!」
 「プチサンダー!!」
 「プチファイヤー!!」
 「エアーショットォ!!」
 
 
 
 だがアグモン達の攻撃も効かず、メラモンはどんどん巨大化していった。
 
 
 「オレは燃えてるんだぜぇっ!!」
 
 メラモンが、笑いながら叫んだ。
 
 
 
 「メラモンには、炎が効かないの!?」
 「みんなのエネルギーを、吸い込んでいるんだ!!」
 
 巨大化するメラモンに驚きながら、なのはとすずかが言った。
 
 
 「どんどん大きくなっていく!」
 「どうすればいいの!?」
 「くそっ…どうにかならないのか!」
 
 船の上にいたフェイト達も、大きくなったメラモンを見て、驚きと焦りに声をあげた。
 
 
 
 
 「燃えてるぜーーーっ!!」
 
 
 
 そう叫びながら、巨大化したメラモンは、笑いながら崖から飛び降りて、はやて達のいるほうへ襲い掛かってきた。
 
 
 
 「はやて…」
 
 大切な、大切なパートナーの名を呼びながら、地に伏していたピヨモンがゆっくりと上半身を起こして、メラモンを睨み付けた。
 
 
 
 
 
 
 
 「はやてが危ないのに、こんなことで負けてられない!!」
 
 
 
 
 
 
 ――――はやてを守る。
 
 そう誓って、大きく羽根を広げたピヨモンに。そして、はやての傍に佇む闇の書に。
 
 
 
 
 輝かしく、眩しい光が、宿った。
 
 
 
 
 
 
 「ピヨモン進化! バードラモン!!」
 
 
 
 
 
 ピヨモンのその声を聞いて、はやてがハッと顔を上げると、炎に包まれた紅い大きな鳥が目に飛び込んできた。視界の隅、はやての隣では、闇の書が光り輝いている。先程まであった胸の痛みも、いつの間にか和らいでいた。
 
 
 「ピヨモン……バードラモンに、進化した…」
 
 
 はやてが呆然と、バードラモンを見上げた。
 
 
 
 「オレは今、メラメラに燃えているんだぜーーーっ!!」
 
 メラモンがそう言いながら、再び手のひらに火の塊を作り、投げる。
 
 
 
 「バーニングフィスト!!」
 
 
 
メラモンの火の玉が、バードラモンの翼に直撃した。先程の威力を思い出し、はやてが叫ぶ。
 だが、その攻撃はバードラモンには全く効いてない様子で、バードラモンは、頼れる声で鳴きながら、メラモンの方に旋回した。
 メラモンが叫びながらバードラモンの翼に何度も火の玉をぶつけるが、バードラモンはそのままメラモンとの距離をつめていく。
 
 
 
 「バードラモン、頑張ってやーーー!!」
 
 
 
 はやての、力の限りの応援に応えるように、バードラモンは高く飛び上がると、必殺技を繰り出した。
 
 
 
 「メテオウィング!!」
 
 
 
 大きく両翼をはためかせ、流星のように紅く輝く炎を放出したバードラモン。
 それはメラモンに直撃し、メラモンはうめきながら、その場に倒れた。同時に、メラモンの体の大きさも元に戻っていった。
 すると、メラモンの背中から、黒い歯車が飛び出し、宙に舞って、粉々に砕けた。
 
 「あれは…黒い歯車…?」
 「そう、だね…」
 
 すずかとなのはが、歯車の散った空を見上げながら、呟いた。
 
 
 
 「あの黒い歯車が、メラモンの中に入ってたんだ…。そのせいで…?」
 
 船の上で、フェイトが怪訝そうな顔をしてそう言ったが、
 
 「バードラモンの勝ちだー!!」
 
 アリシアの喜んだ声に遮られ、皆は安堵の笑顔を浮かべたのだった。
 
 
 
 
 バードラモンが再び光に包まれてピヨモンに戻り、ゆっくり降下して、はやてのもとへとやってくる。
 
 「ピヨモンがバードラモンに進化して、私を助けてくれた…!」
 「はやて、はやてぇ~!!」
 「ピヨモン!!」
 
 はやてはしっかり、ピヨモンの体を抱きしめた。ずっと傍にいてくれた、闇の書も一緒に。
 
 「ピヨモン!闇の書も、おおきにな、ほんまに…!!」
 「ピヨモンも闇の書も、当然のことしただけだよ!だって、はやてがだぁいすきなんだもん!!」
 
 はやてはもう一度強く、ピヨモンと闇の書を笑顔で抱きしめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 燃え盛っていた炎も皆消え、辺りが夕焼けに染められる頃に、メラモンは目を覚ました。
 
 「メラモン、目が覚めた?」
 
 ピョコモン達が、メラモンを囲んで問う。
 
 「オレは、どうして…?」
 「よかったメラモン、目が覚めた!」
 「どうして暴れた?メラモン、何があった?」
 
 メラモンが無事に目を覚ましたことに喜ぶピョコモン達。メラモンは、自身の記憶を漁る。
 
 「空から、歯車が落ちてきて、それから…」
 「メラモンにもわからない?」
 「メラモン!また元のようにミハラシ山守って!」
 
 どうやら、メラモンの記憶は黒い歯車を見たところで無くなっているらしかった。メラモンは、今後もミハラシ山を守ることをピョコモン達と約束すると、夕日に染まったミハラシ山へと帰っていった。
 
 「もう悪いデジモンにならないんだよー!」
 「これからもミハラシ山を守ってねー!!」
 
 なのはと一匹のピョコモンがそう叫ぶと、誰かのお腹が鳴った。その音を聞いて、ピヨモンが思い出したように言う。
 
 「そうだ!ピョコモンたちにご飯ご馳走してもらう約束!!」
 「私お腹ペコペコー!」
 
 アリシアがそう言うと、ピョコモン達が声を揃えて、
 
 「まかせとけ~!!」
 
 と叫んだ。
 
 
 
 
 
 
 「ご馳走って、これかぁ…」
 
 なのはが渡された器を見て苦笑いする。
 その中には、よくわからないが、緑色のもの。形は、米に似ていなくも無い。
 なかなか手を付けない子供達に対し、デジモン達は嬉しそうにそれを食べていた。
 
 「はやて、どうして食べないの?おいしいよ?」
 「そうそう!アリサも食べたらいいのに!」
 
 ピヨモンとパルモンがご飯を食べながら、不思議そうに聞いてきた。
 
 「人間は普段、こういうのは食べないんやけど…まぁ、気にしないでおこか」
 「うん、食べちゃお!」
 「背に腹は代えられないしね」
 
 意を決したはやて、アリシア、フェイトを筆頭に、子供達もそれを食べ始めた。
 
 「食べちゃお食べちゃお!」
 「ふむ…よく噛めば、食べられんこともないな」
 「もう、こうなったらたくさん食べてやるわよ!!」
 
 開き直ってご飯を勢いよく食べ始めたアリサに、皆が笑った。
 
 
 
 
 
 
 (ピヨモンと闇の書が、私の危機を救ってくれた…やっぱり、私が危なくなったから進化したんや)
 
 そう考えながら、笑顔でご飯を食べているピヨモンを見つめる。
 
 (ありがとうな…ピヨモン、闇の書)
 
 ピヨモンと目が合って、はやては優しく微笑んだ。