「『生き物全ての終着点である“死”を受け入れるまでには、たくさんの枷がある。今はまだ枷に挑まなくていい。生きることを楽しんで、生き続けなさい』……それが、おじさんが私に遺した最期の言葉やった」
 
 
 
 話し終えて、はやては改めて四人の顔を見た。
 アリサは言葉が見つからないようで、
 フェイトは生みの親を思い出したのか悲痛な表情で、)
 なのはとすずかに至ってはもう泣きそうなほど涙目だ。
 
 
 「私は、お父さんとお母さんと別れた。病院で仲良くなった子らの中にも、もう手のつけようがなかったいう子がおった。目の前でヴィータ達がアリアとロッテに消されたこともあったし、あの娘の最期にも付き添った。ロストロギアの事件に巻き込まれてしまった人たちもおった、闇の書事件の遺族の方々にも散々言われて……そして、グレアムおじさんの最期を見届けた」
 
 
 ふと、視線を自分の脚に落とした。
 今では動いて、走れるほどになった、足。
 
 
 「この足が動かなかった頃は、私自身、死を覚悟しとった」
 
 
 その言葉に、はっと顔を上げるなのは。
 なのはと目が合ったはやては、小さく苦笑いをした。
 
 
 「既に、その“枷”とか言うんは私に絡んどるのかもしれへん」
 
 
 グレアムは、枷に挑む必要は無いと言った。
 死に急ぐなと言った。
 生き急ぐなとも言った。
 けれども、今までの――“死”の存在がとても近くにあった――自分の人生が、それを許してくれなさそうな気がして。
 
 
 「ああいう別れ方は、何度やってもつらい。けれどいつか、“(それ)”に慣れてしまう日が来るんやないか、そう思ってまうんよ」
 
 
 
 はやてのその呟きの後に、長い沈黙が空間を満たす。
 
 
 
 
 
 
 
 最初に口を開いたのは、フェイトだった。
 
 「……はやてなら、大丈夫」
 「……えっ?」
 「はやては、優しいから。自分が経験した辛いこと、絶対他人には経験させない。きっと大丈夫。はやては、強いから」
 
 
 フェイトのまっすぐな言葉に、はやてが目を見開いた。
 そして、フェイトに続き、なのはが自分の思いを口にする。
 
 
 「フェイトちゃんの言う通りだよ。はやてちゃんは強い。何度闇の書のことで罵られたって、実力が認めてもらえなくたって、立ち向かってたもん。夢を、諦めなかったもん。私もフェイトちゃんも、はやてちゃんにはたくさん助けられたよ」
 
 
 ようやく言葉がまとまったようで、アリサもはやてに声をかけた。
 
 
 「はやて!」
 「は、はいっ!?」
 「私達今何年生よっ!」
 「え……中学三年、やろ?」
 
 「そっ!あんたも私達もまだまだ子供なの!今考えてること、この先何年続けるつもり?この歳でわかるほど簡単な話じゃないわ。むしろ、グレアムさんと違って私たちまだ子供なんだから泥沼に嵌まるだけよ。…というかはやて、あんたは家や仕事の立場で大人になりすぎてるんだから少しは子供らしくしなさい!」
 
 
 アリサのマシンガントークに多少混乱しつつあるはやての両肩に、静かに手が置かれた。はやては、次第に気分が落ち着いてきた。肩には、すずかの手。
 
 
 「はやてちゃん…はやてちゃんは多分、“死”っていうのと向き合って、それを受け入れることができるのかもしれない。だとしたら、それはもうはやてちゃんの“枷”じゃなくて、“力”になってると思うの。おじさんが言ってた“挑む必要のない枷”って、はやてちゃんが“自分自身の死について考えること”を言ってたんじゃないかな?」
 
 
 すずかの最後の一言に、はやてははっとした。
 
 
 「せやから、『死に急ぐな』…?」
 「きっと、そうだよ」
 
 
 
 
 
 
 ―――君はもう、十分すぎるほどに、命の重さを理解している。十分すぎるほどにね。
 
 ―――しかし、いや、だからこそか、自分の命の重さを理解しきれていないのだよ。
 
 ―――死に急いではいけない。生き急ぐのもよくない。
 
 ―――君が皆を大切に想うのと同じぐらい、皆は君の事を大事に想っているのだから。
 
 
 
 
 
 
 はやての頬に、静かに涙が流れた。
 
 
 「…はやてが泣いてるの、久々に見たかも」
 「やっと泣いてくれたね、はやてちゃん」
 「アリサちゃん、すずかちゃん…」
 
 ちょっと照れ臭そうにして驚いている顔と、海のように深くて優しい顔。
 
 
 「上の空になってるはやて、なんだからしくなかったから」
 「うん。はやてちゃん、いつもより隠すの下手だったしね」
 「フェイトちゃん、なのはちゃん…」
 
 ホッと安心した笑顔と、満開に咲き誇った笑顔。
 
 
 「なぁ、みんな……」
 「なぁに?」
 
 少し震えた声で、はやてが四人に声をかけた。
 
 
 
 
 「…ちょっと泣いても、ええかな……?」
 
 
 
 
 「もちろん!」
 「何言ってるのよ、当り前じゃない!」
 「ずっと傍にいるから」
 「おいで、はやてちゃん」
 
 
 
 その優しさが。
 その温かさが。
 
 
 眩しくて、嬉しくて。
 
 
 
 「…ありがとう、な……!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 いつの間にか日も暮れ、夜天の下に星が集ってきた頃。他に人気の無い教室の一番窓側の席で。
 
 
 はやてはようやく、声をあげて泣いた。
 とても愛しかった、大切な人を想って。
 
 
 開いていた窓から、一陣の風が静かに吹き抜けた。