それは、故郷の景色が一望できる、小高い丘での、一つのやりとり。
「やっぱり……わたしのために、泣いてくれた……」
三人が丘の上に立ち、風に撫でられながら、言葉を交わしていく。
きっとこれが最後の機会なのだと、誰が言わずとも察していたからかもしれない。
一人は、金色にきらめく髪と獣の耳を持つ、法衣を纏った獣人のような風体の少女。
一人は、緑色のリボンを使って、亜麻色の髪をツインテールにしている少女。
一人は、向こうが透けて見える身体をふわふわと宙に浮かせている少女。
金色の妖狐である少女は、悲しくて、そして胸が苦しそうな表情をしていた。
亜麻色の髪の少女は、何度も嫌だと繰り返しながら泣いていた。
地縛霊である少女は、そんな二人を見つめて、ただ、穏やかに笑っていた。
「まったくもう、別に死ぬわけじゃないんだから……。私はただ、いるべき場所に帰るだけ」
そう、地縛霊--それも悪霊である彼女は、既に死者である。
本来行かねばならぬ所へ、行くだけ。
「見守ってるから、さ」
「嘘……アリサちゃん、そんなの嘘だって……!」
見送るだけなのに、彼女は、その幽霊のために泣く。
とことん優しいな、と内心で思う幽霊の身体は、段々と空に溶け込んでいった。
「アリサちゃん!?……やだぁ、行っちゃやだぁぁあああっ!!!」
「バイバイ、友達……大好きだよ……!」
そう言って、アリサと呼ばれた少女は、きらきらと、光の粒に包まれるようにして、空へ還っていった。
花が咲き誇る頃に
そんな夢を見て起きたアリサ・バニングスは一言、ポツリと漏らした。
「朝から壮絶な夢見ちゃったわね……」
アリサは、寝ぼけた頭をフルに回転させながら、先程見た夢の内容を考察する。アリサにしてみれば、疑問が尽きなかったからである。
何故、なのはと呼ばれていた少女がなのはと全く同じ顔で泣いていたのか。
何故、アリサと呼ばれていた少女が宙にふわふわと浮かんでいたのか。
何故、すずかが夢に登場していなかったのか。
というよりも、夢にしてはなんだか鮮明すぎやしないか。
「……なんなのよ、もう」
アリサは、顔を洗いに行こうとベッドから降りた。
最大の疑問は、夢の中に出てきたアリサの死因をよく覚えていないことだったが、答えは出しようが無かった。
アリサは学校で、なのはとすずかにその話をした。
笑い話にしようと思っていたアリサだったのだが、意外な事になのははその話を聞いて驚いていた。そして、言ったのである。
私も同じ夢を見たことがある、と。
「…………嘘」
「本当だよ。私が夢の中のなのはと重なってたから、とても悲しい気持ちになったもん…忘れられるわけないよ、あんな夢」
すると、静かに話を聞いていたすずかが、なのはとアリサに問うた。
「……その二人は、本当になのはちゃんとアリサちゃんに似てたの?」
「そっくりそのまんまよ。にゃあああっ!っていう鳴き声も使ってたしね」
「にゃっ、それ鳴き声じゃないよアリサちゃん!夢の中のアリサちゃんは……姿とか、優しいところとか、そういうところはそっくりだったけど…」
「“けど”?」
言葉を切ったなのはを、すずかが疑問に思う。
代わりに、アリサが続きを言った。
本当に同じ夢を見ているのか、念の為の確認もこめて。
「夢の中のなのはよりも幾つか年上なのよ。しかも、墓石に書いてあった名前は“アリサ・ローウェル”…名字が違ったわ。で、私は死んじゃってるし、生前は友達もいなかった…と」
「あときつねの……久遠ちゃん、だったかな。きつねさんが女の子に変身して驚いちゃった」
「あぁ、あの子。私も最初に見た時は驚いたわ」
「でも私の家は翠屋だし、海鳴市だし……なんだか不思議な気分だったなぁ」
「よく知ってる場所なのに知らない場所にいるみたいな感覚だったわね、あれは」
まぁ、言ってしまえばただの夢なんだけど、とアリサはくるくる回すペンを見ながら呟いた。
「…他の世界にも、地球とそっくりな惑星があって、海鳴とそっくりな街があるのかな?」
「そこのとこどうなのよ管理局員」
「うーん…聞いたことないけどなぁ。前にユーノ君に聞いた話だと、世界が幾つもある話はみんな知ってるけど、並行世界があるのかっていうのは管理局にも未だにわからないんだって」
「じゃあ真相はわからずじまいね」
「夢だけからの推測だから、仕方ないよ」
アリサの疑問は全くといっていいほど解決されなかったが、わからないものはわからない。
「でも、まぁいいわ」
「ふぇ?」
アリサが、ふとなのはと目を合わせた。
なのははその優しい微笑みを、無意識に夢の中のアリサと重ねた。
「あの夢の中では悲しい別れ方をしていたけど……今は目の前にいるもの」
「…うん。うん、そうだね!」
そう言って笑うなのはと、なのはを見て微笑むすずか。
それに、今はいないけど、なんだか放っとけない金髪の子と、最近ようやく車椅子を卒業した一家の大黒柱もいる。
今の私は独りじゃなくて、こんなにも仲間に囲まれている。
だから、大丈夫だと思った。
―――だったら、きっと大丈夫
「………え?」
その時突然、アリサの耳に、どこからか声が届いてきた。
―――大事にするのよ。友達って、一生ものなんだから
「………………」
アリサはキョロキョロと周囲を見回した。
目の前にいる二人が、「どうしたの?」と尋ねた。
「なのはかすずか…今、何か言った?」
「え?ううん、何も言ってないよ?」
「私も」
「………そっか」
そのアリサの言葉に、揃って首をかしげるなのはとすずか。
アリサは二人の仕草にくすっと笑って、
「ううん、なんでもない!」
と笑顔で言った。
季節は春。
空を愛する少女と同じ名前の花が咲き誇る季節。
友達想いな少女と同じ名前の子の墓は、きっと囲まれているに違いない。
親友からの贈り物と、輝かしい想いに囲まれて。