「…参ったね、こりゃ」
エーリカ・ハルトマンが、瓦礫の天井を見上げてポツリと呟いた。
エーリカのすぐ隣には、彼女の相棒とも言える大切な仲間――ゲルトルート・バルクホルンが横たわっている。
ゲルトルートは気を失っている上に酷い怪我もしている様なので、目を覚ますにはまだ時間がかかることだろう。
だからこそエーリカは、ゲルトルートが目を覚ますまでに、この後のことを考えようとしていた。
エーリカとゲルトルートの上に積もった、瓦礫の山からの脱出方法を。
命を守るその最前線で
「うっ……」
小さな呻き声を上げながら、ゲルトルートは目を覚ました。
それに反応したエーリカが見えたが、ゲルトルートはまず、自身の身体状況を確認する。
起き上がる際に、頭と背中に鋭い痛みを感じたゲルトルートは、今の自分の状態をすぐに把握して、呟いた。
「五体満足……には程遠いな」
ゲルトルートの傷は深いものだった。
瓦礫で切ったのか、頭から血が流れており、身体を強く打ったが故に全身が少し痺れていた。
何よりも酷かったのは背中の傷であった。
――――火傷のように、熱い。
そう思ってから、ゲルトルートはふと、背中の傷は実際に火傷であることを思い出した。
「トゥルーデ……背中、大丈夫?」
とりあえず起き上がることが出来たゲルトルートを心配そうな目で見つめるエーリカが、問うた。
「…あぁ、大丈夫だ」
ゲルトルートは、荒い息遣いで答えた。
それでも悲しそうに見つめてくるエーリカを見て、ゲルトルートは数刻前の出来事を思い返した。
「ミーナの話だと、ネウロイはこの辺りのはずなんだがな」
「最近は突然警報が鳴るからね」
飛行訓練をしていて基地を離れていたゲルトルートとエーリカは、ネウロイの出現場所に最も近かったために、他の皆の先陣を切って、真っ先に現場に到着していた。
「…それにしても」
「周りが静かすぎる、よねぇ…」
ネウロイの姿は認識できなかったが、二人は警戒を怠らなかった。
空が、不気味なほどに静寂に包まれていたからである。
それでも反応に遅れてしまったのは、やはり人間が、想像以上に視覚に頼ってしまうからなのだろう。
狙われたのはゲルトルートだった。
「なっ!?」
ゲルトルートの上方に突然姿を現したネウロイは、標準をゲルトルートに定めて赤い光線を発射した。
ゲルトルートが、それをかろうじて回避する。
「くっ!」
「なっ、いつの間に出てきたの!?」
エーリカの疑問に答えるかのように、ネウロイは段々と姿を消していった。
「…あれが答えだろう」
「カメレオンみたいだね。ずるい」
「気をつけろハルトマン。こちらにネウロイは見えないが、ネウロイには私達が見えている」
一度標的にされたことで気が引き締まったのか、より集中力を高めて周囲に気を配るゲルトルート。
エーリカも彼女に倣うようにして、周囲の観察に集中した。
次にネウロイが姿を現したのは、エーリカの死角にあたる場所だった。
「ハルトマンッ!!」
ネウロイの姿を瞬時に認識したゲルトルートは、エーリカの背後に移動してシールド展開による防御を考えたが、この距離では間に合わないとすぐに判断した。代わりに、爆発的なスピードのままエーリカごとネウロイの射程範囲から抜け出そうと行動した。
ゲルトルートの最善策によって、エーリカは無事だった。だが、ゲルトルートはネウロイの熱線の射程距離からギリギリ抜け出せず、赤い光線の幾つかははネウロイに向けていたゲルトルートの背をかすった。
「ぐっ……あぁっ!!」
「トゥルーデ!!」
エーリカが顔を真っ青にして、ゲルトルートを抱きとめる。
同じ様にネウロイの熱線攻撃を受けたゲルトルートのストライカーユニットも、機能を停止していた。ゲルトルート本人は、熱線攻撃の衝撃か、意識が途絶えていた。
ゲルトルートを抱えた状態では戦えないため、撤退をするべきだと判断したエーリカは、泣きそうになりながらも、腕の中で大人しくなっているゲルトルートをしっかりと抱え、陸地に近い高さを飛行する。向かった先は、森林の中。
だがネウロイも、獲物をそう簡単には逃がさない。先程よりも激しく、赤い光線を放射してくる。
まるであの時の撤退戦の状況だと思いながら、エーリカは木々の間を掻き分けるようにして光線をかわした。
「インカム通じないし、みんな、早く来てくれないかなぁ……ん?」
その時、小さな違和感を感じたエーリカは、ふと周囲に気を配り始めた。
感じた違和感は、音。
小さいけれど、普段ならば聴くことの無い音、だった。
いつの間にかエーリカは、森林の端まで来ていたようで、前方には崖があり、その上にまた森が続いていた。崖は、ネウロイの攻撃によって深く抉られていた。
小さな音は、段々と、ゴゴゴゴという大きな物音を立て始め、大地を震わせた。
「……まさか」
――――土砂崩れの、前兆。
そう察知したエーリカは咄嗟に避難しようとしたが、背後にはまだネウロイもいることを思い出し、一瞬ではあったが判断に迷った。
故に、間に合わなかった。
エーリカとゲルトルートは、為されるがままに、土砂崩れに巻き込まれて生き埋めになったのだった。
「………撤退戦を思い出すな」
「それさっき私も思った」
瓦礫がうまく組み合わさったのか、少しの空洞ができた瓦礫の下でゲルトルートとエーリカはひどく楽観的な会話を続けていた。
身動きを取ることはなかった。エーリカは余計な体力を使うべきではないと考えていたし、ゲルトルートは意識はあるものの重傷の身だ。医者の家系であるエーリカには既に絶対安静を言い渡されていた。
「背中の傷…何か冷やすものがあればいいんだけど」
「だから大丈夫だと言っているだろう。ストライカーユニットさえ壊れていなければ、魔法を使って瓦礫をどかせられたのだがな…」
「それは私が絶対に止めるから無理」
「そのぐらいで止まるものか」
「私はともかくミーナが怒るよ?ミーナ怒るとすっごく恐いよ?」
「む……それは厳しいな」
やがて静寂が辺りを包むと、エーリカがポツリと呟いた。
「……トゥルーデ、ごめんね」
「……どうして謝るんだ?」
「元はと言えば、私がネウロイに背後を取られちゃったのが失敗だった。そのせいでトゥルーデ大怪我しちゃったし、瓦礫の下敷きになっちゃったし、結局ネウロイ逃がしちゃったし…」
「だがネウロイの最初の攻撃の時、エーリカは私を助けただろう」
目を閉じてエーリカの発言を聞いていたゲルトルートは、スッと目を開いてエーリカの言葉を遮った。
「エーリカも、501のみんなも、私にとってはかけがえのない大切な仲間だからな。守ろうと思って咄嗟に動いた……それだけのことだ。……大丈夫だ、あの時は確かに、二人とも助かる手段を選んだ。私が傷を負ったのは……単に私の機動力が不十分だったからだ」
そう言って、エーリカに微笑みかけるゲルトルート。息はいまだに荒いものの、その優しい顔にはしっかりと生気が宿っていた。
エーリカは、芳佳が来てから変わったことで見ることができたゲルトルートの笑顔に、思わず涙をこぼしそうになったが、なんだか悔しかったので、少し言い返す。
「…でもエース二人がこんな失態だったら、坂本少佐がまた元気になりそうだよね」
「まぁ、訓練を見てもらうことにはなりそうだな……しかし強くなるためには必要な道だ。むしろ本望だろう」
「…トゥルーデは、まず病院で絶対安静だけどね」
「ぐっ……」
「ミーナの仕事を増やしたくないなら、大人しくしてるんだよ?ミーナつきっきりで看病しちゃいかねないから」
「………………肝に銘じておこう」
瓦礫のさらに上方――外から、小さいけれど聞き覚えのある声が聞こえてきた。
何百発もの銃声が鳴り響き、そして止んだ後、瓦礫の山がガラガラと崩されていくのを二人は感じた。
「やぁっとお迎えが来たぁ」
「……なぁエーリカ」
「ん?」
安堵の息をつくエーリカを、ゲルトルートが呼びかけた。エーリカがゲルトルートの方を振り向いた。
ゲルトルートは、恥ずかしくなって、紅く染めた顔を背けて言った。
「病院では大人しく過ごすが……退院した後の訓練は、嫌になるほど付き合ってもらうからな」
ガラガラと瓦礫がどかされていき、光が目に差し込んでくる。
逆光に照らされた大切な仲間達をその目に映しながら、エーリカは天使の笑顔でニッと笑って言った。
「もちろん!」