見上げれば灰色の煙幕。俯けば大きくえぐれた岩場。
勝利()()呼ぶ(ムン)()は確かに、彼女――金色の戦士の一瞬の隙を突いた。だが、彼女はこれで倒せる程度の相手ではないはずだ。勝利を宣言するには、まだ早すぎる。
 
 
「まぁ実際、勝つことが最終目的やないし」
 
 
再度、目の前の煙幕を見つめながら、自身の――白色の魔法陣を、展開する。
 
 
久々の全力勝負。これはただの模擬戦じゃない。
それはきっと、彼女もわかっていることだろう。
そして、この戦いは、喧嘩でもないのだ。
敢えて表現するならば、私にとって、これは―――
 
 
「ちょっとした説教……なんやろうな」
 
 
ポツリと、小さく呟いた言葉は、空に溶け込んでいった。
その間に、白色の三角の魔法陣――古代ベルカ式の魔法陣が作用し、砲撃魔法を起動させる。
魔力保有量に関してならばなのは達をも圧倒するほどから、リンカーコアの消耗もまだ少ない。
大技は、まだ幾らでも繰り出せる。
 
 
「まだまだこれからやで、フェイトちゃん!」
 
 
黒翼を背に担いだ夜天の主――はやては、追い打ちと言わんばかりに、容赦なく(シュ)十字(ベルト)(クロ)(イツ)を振り下ろした。
 
 
 
「クラウ・ソラス!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「参ったな、まんまと嵌められちゃった」
 
煙幕に包まれている中で、フェイトは呟いた。バリアジャケットには、いくつか切り傷ができていた。
フェイトは、はやての心理的作戦に嵌まった事を認識していた。はやてのバルムンクは一打一打の威力が大きい。フェイトはバルムンク――八つの刃を避けようと試みたが、そのうちの幾つかはかわしきれず、結果、ダメージを食らってしまった。
 
 
「はやては本気だ…私も本当に本気で行かないと、すぐに負ける」
 
 
同時に、フェイトは、これがただの模擬戦ではないことも強く再認識した。
先程のはやての作戦は、模擬戦というよりも、実戦で使うものに近い。
今のはやては手段を選ばず、本気で全力を出してフェイトと戦っている。
それほどまでに、今のはやては―――
 
 
 
「怒ってる、のかな」
 
 
 
先程受けた攻撃の魔力から、はやての、怒ったような、悲しいような、切ないような――そんな複雑な気持ちが伝わってきた。
だが、フェイトには、肝心の、はやてを怒らせた原因がわからなかった。
だから、気になって仕方がなかった。―――フェイトは既に、はやてに夢中なのだから。
 
 
「原因は、きっと私にあるんだろうけど」
 
 
そう言いながら、それもあくまで推測でしかない、後で
 
考えよう、とフェイトが目の前の戦いに集中し直した時だった。
煙幕の向こうから、はやての魔力を感じた。
 
 
(声の遠さからして、多分私とはやての距離感覚は中距離規模。だとしたら来るのは、砲撃魔法――――!)
 
 
「クラウ・ソラス!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なのは、それは一体どういうことなんだ?」
 
クロノは、なのはの最後の一言について詳細を尋ねた。なのはが、クロノの疑問に答える。
 
「今日、母の日でしょ?それで、私とフェイトちゃんとはやてちゃんの3人で、さっきカーネーションを買いに行ったんだけど」
 
そういえばそうだったな、とクロノは数刻前の、玄関で靴を履く義妹の姿を思い返した。
 
 
 
 
―――初めての行事に参加する興奮と、少しだけの寂しさを混ぜこぜにしたような、複雑な表情。
 
 
 
 
「フェイトちゃん、一本しか買わなかったの」
 
 
 
 
―――それは、つまり。
 
 
 
 
「母さん…リンディ提督の分、だけだったのか?」
「そう。私がいいの?って聞いたんだけど、フェイトちゃん、『あの事件の犯人…ってことになってるし、まずいかな、とも思って』って言ったの。多分、本心ではないと思うけど」
「ここ数日の間に、何か、他の管理局員に嫌味を言われたのかもしれんな」
 
 
なのはの言葉を聞いていたシグナムが、呟いた。
 
 
「主はやてや我々ヴォルケンリッターは、テスタロッサが高町と出会うきっかけになったというPT事件について、詳しくは知らない。主はやては己から問い詰めるような野暮な事はしない御方だからな」
 
 
そう言って、一瞬、シグナムの目がスッと細められたのを、なのはとクロノは見逃さなかった。
 
 
「だが、テスタロッサのその発言は、主はやてにとって、冒涜以外の何物でもなかったのだ。主はやてはこの後…この模擬戦が終わったら、御母の墓前にカーネーションを捧げてくる所存だったのだから」
 
 
そこまで聞いて、クロノはようやく合点がいった。
 
 
 
 
 
―――はやてが、全力全開の勝負を挑んだきっかけは。
 
 
 
 
「…………まったく、はやてらしいな」
 
 
 
 
それならば仕方ない、とクロノは静かに苦笑いをこぼして再び画面を見つめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…あー、また防がれてもうた。やっぱ速いな、フェイトちゃん」
 
肩で息をしながら、夜天の書をパラパラとめくるはやてが言った。
 
(本当に、はやての一撃には毎回ヒヤヒヤさせられる)
 
同じように、フェイトもまた、肩で荒く息をしていた。フェイトは、咄嗟の反応ではやての砲撃を防御したのだが、その分魔力を根こそぎ持っていかれた。
はやての黒翼も、先程までに比べて少し小さくなっていた。二人とも、残りの魔力が少なくなっていたのである。
 
 
 
 
 
――――決着は、次で決まる。
 
 
 
 
 
「これで、しまいやっ!!」
「負けないよ、はやて!!」
 
 
双方が、己の全力を出すべく、身体中の魔力を引き出す。
訓練室が、魔力の振動でゴゴゴゴと揺れる。
いつの間にか、ザフィーラをフォローする形で、シャマルも訓練室に結界を張っていた。
 
 
――――この二人の騎士がいなかったら、訓練室は損傷では済まなかったかもしれない。
 
 
あとで頼み事を一つずつ聞くことにしよう――そう思ったクロノの視線の先で。
 
 
眩い光が二つ、炸裂した。
 
 
 
 
 
「雷光一閃、プラズマザンバー!!」
「響け終焉の笛、ラグナロク!!」
 
 
 
 
 
フェイトの全力全開な本気と、はやての全力全開な本気が、真正面からぶつかった。
 
 
 
 
 
「はああああああっ!!!」
「やああああああっ!!!」
 
 
 
 
 
黄色と白色――二色の魔力光が真正面から激突し、大気を、大地を、大きく震わせた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
やがて光の輝きが止み、損傷の激しい訓練室に再び静寂が訪れた。
 
フェイトには、魔法攻撃をするほどの魔力が残されていなかった。先程の一撃が、魔力量の点で言えば本当の全力全開だったのだ。
だからこそ、最後の決着を、物理攻撃で決めるしか、手は残されていなかった。
故に、本当に本当の最後の力を振り絞り、フェイトは、風のような速さではやての後ろに回り込んだ。
フェイトの目に、限界まで魔力を引き上げた結果か――無残にもちぎれて原形を留めていない黒翼と、愛しい人の大きな背中が映る。
そして、バルディッシュを強く握り、目の前にいる、はやてに向かって突き出した――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「………これは」
 
 
モニターに釘付けのクロノが、呆然と呟いた。
シグナムも、クロノと同様に、目を見開いている。
なのはが、笑みを浮かべて、胸元のレイジングハートを強く握った。
 
 
「なるほど…考えたね、はやてちゃん」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
対峙した二人はその後、身動き一つしなかった。
お互いが、お互いに王手(チェックメイト)をかけていたからである。
はやての首元には、フェイトが突き出したバルディッシュが。
そして、
 
 
 
「……やられたなぁ。引き分けか」
 
 
 
フェイトの首元には、シュベルトクロイツから伸びた、小さくて鋭い、白色の魔力刃が向けられていた。
 
 
 
先程、フェイトが最後の攻撃を仕掛ける直前まで、彼女に背を向けていたはやての目は、今では真正面からフェイトを見つめている。
はやては、その場から一歩も動かずに、自身が強く握っているシュベルトクロイツの末端をフェイトに向け、届かない分のリーチと物理攻撃として足りない鋭さを、刃という形で、最後の最後まで残しておいた魔力で補った。
故に、フェイトの目の前に佇むはやての背からは、黒翼が消滅していた。
それはつまり、魔力を使い切ったという証。
 
 
 
 
「…言ったやろ、本気出すってな。今日はどうしても、負けるわけにはいかんかったから」
 
 
 
 
 
 
 
 
「杖を槍として使ったんだ!」
 
目の前で繰り広げられた激闘に、興奮しているなのはが叫ぶ。
 
「テスタロッサが背後から攻めてくることを読み、シュベルトクロイツの先端ではなく、敢えて末端に魔力刃を形成してそのまま槍術を扱う……御見事です、主はやて」
「結果的には引き分けだが、実戦の柔軟さで言えばはやての勝ちになるかな」
 
シグナムとクロノがそう会話した、その時。
 
 
 
――――パァン、と乾いた音がした。
 
 
 
『…………フェイトちゃんの、アホ』
 
 
 
慌てて画面を見つめるクロノ達の向こうには、頬を抑えて呆然としているフェイトと、静かで重い口調のはやてが映っていた。
 
 
 
 
 
 
 
「正直、フェイトちゃんの本当のお母さんがどんな人だったかなんて私にはわからへん。フェイトちゃんが教えてくれる時が来たらその時はちゃんと聞くつもりやし、言わないままでもええと思っとる。……せやけど」
 
 
そこまで言って、はやては、怒りの表情を一転させて、悲しそうな表情を浮かべた。
 
 
「どんな形であれ、フェイトちゃんはプレシアさんに産んでもらったんやろ?せやったら……感謝せな、あかんよ」
 
 
はやてがゆっくりと、フェイトの金髪を優しく撫でる。
なのはと出会えたこと。家族と出会えたこと。そして何より――フェイトと出会えたこと。
そのきっかけをくれたのは、生みの親なのだから。
 
 
「私のお母さんみたいに、受け取る体が無くたって、フェイトちゃんのお母さんみたいにどこにいるかもわからへん人であったって。感謝の気持ちを……産んでくれてありがとなって気持ちを、大切な人に伝えることに関しては、誰にも邪魔する権利はあらへんのや」
 
 
すると、はやては突然夜天の書を開いた。シュンッという音とともに本の中から現れたのは、一本の、真紅のカーネーション。
フェイトが驚き呆気に取られているのも気にせず、はやてはほら、とフェイトにその紅い花を差し出した。
 
 
 
「一本しか買ってなかったんやろ?私、さっき間違えて二本買ってもうたから、一本あげる」
 
 
 
それは、強情で、らしくもなくフェイトに怒ってしまったはやてなりの謝罪と照れ隠しなのだろう。
フェイトは、やっぱりはやては優しいと改めて思った。同時に、気付かないうちにはやてを傷付けてしまったことの埋め合わせをするにはどうしたらいいかを考える。そこでフェイトは、はやてのことばかり考えている自分に気が付いた。
 
 
 
――――嗚呼、こんなにも、私は貴方に夢中で。
 
 
 
 
 
「…はやて。はやてのお母さんに会いに行くの、一緒についていってもいいかな?」
 
 
 
 
はやては一瞬キョトンとして、それから満面の笑みで答えた。
 
 
 
 
「大歓迎や!フェイトちゃんのお母さんに感謝を伝えに行くのも、私、ついていくからな!」
 
 
 
 
――――その、陽だまりに似た笑顔を、ずっと見ていたいと思ってしまうんだ。
 
 
 
 
その二人のやりとりを見て、私も行くー!と駄々をこね始めたなのは。
三人を見つめるシグナムとクロノ、そしてシャマルとザフィーラは、お互い顔を見合わせて優しく笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
プレシア・テスタロッサは虚数空間の中へと消えていったので、墓は無い。そもそも、まだ生きている可能性だってあるのだ。
夕日に染められながら、フェイトは、手紙を添えたカーネーションを瓶に入れ、海鳴の海から流した。
なのはとはやてとともに、その瓶が見えなくなるまで見つめる。
 
 
 
「……届くと、いいね」
「……届くよ、きっと」
 
 
 
いつか、母さんの元へと辿り着いてくれると、今なら信じられる。
返事が来なくても。
想いが伝わらなくても。
自分のこの想いを伝えたということだけは、この胸にしっかりと証明されているから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
プレシア母さんへ
 
受け取ってもらえるかはわからないけど。
喜んでもらえるかはわからないけど。
それでも私は、貴女に感謝しています。
産んでくれて、育ててくれて、ありがとう。
 
この気持ちを、一本のカーネーションにのせて。
                        フェイト・テスタロッサ