心当たりは大いにある。
昨日サーニャを庇って頭から水被ったし。
最近ネウロイがやたら出現してたから出撃も多かったし。
なんとなく疲れていたのもわかってた。
認めたくないけど、仕方が無い。
―――熱のある日は、妙に感覚が冴えるから困る。
自室の天井を見上げながら、エイラは心の中で呟いた。
勘が冴える日
(風邪ひいて寝込むなんて久しぶりダナ…)
二段ベッドの下段でそんなことを考えながら、エイラはぼんやりと過ごしていた。
時刻は…多分、夜中。
普段ならばベッドに寝転がってもじっとしているのないエイラだが、今は足の指一つ動かす気力も無い。
うまく働いてくれない頭で、寝込んだ日ってこんなに退屈だったっけ、と幼少の記憶を手繰り寄せてみたり、なんとか時間を潰そうとしているのが現状だ。
早く治そう、とは思わなかった。
少し考えた後に、エイラは心の中であっと呟く。実際に口から出てきたのは、あー…という、気だるげな声だったけれど。
(それどころじゃ、なかったんだっけな)
エイラが最後に風邪をひいたのは随分前のことになる。まだ、魔力の扱いも未熟だった頃の話だ。
エイラの固有魔法は未来予知。
だから、熱にうなされた日には、魔力が上手く制御出来なくて。
「見たくもないのに見たんだよなぁ、未来」
一日が終わるまでに幾つも、本当に沢山の、様々な未来を見たものだった。
自分が寝込んでいる間も戦っている仲間の撃墜される瞬間。
破壊されていく街の風景。
酷い時は、たまたま病室で目が合ったりすれ違ったりした赤の他人のちょっと先の未来すら見えてしまって。
けれども自分は、ただ見ることしかできなくて。
所詮未熟な小娘の魔法にすぎないから、相手にその未来を告げることすらできなくて。
――ちょっと気まずい気持ちになった。
――ちょっと申し訳ない気持ちになった。
―――――ちょっと、寂しい気持ちになった。
その気持ちを誰にも言わないできたのは、なんだか自分らしくないという、ちっぽけで意地っ張りな矜持のせいだろう。
いつもならなんてことないのにナ、と呟こうとしたけれど、実際には、うー…という声しか出てこなかった。もう声にすらなってないじゃないか、とエイラは一人悪態をついた。
(なら、落ち着かないのはそのせいなのカ…?)
エイラは芳佳に「今日は一日安静にしていてください!絶対ですよ!」と問答無用で寝かされた後からずっと、なんとなくそわそわしていた。
魔法のせいかな、と昔のことを考えたのはそれがきっかけなのだが、今は以前よりも魔法の扱いには慣れているはずだから、不安になる要素は無いはず――それがエイラの出した結論だった。
―――――じゃあなんで。
もやもやしたまま、疑問だけが重い頭を引っ掻きまわす。
つまるところ、エイラは眠れないでいた。
「エイラ…?もしかして、起きてるの……?」
眠れないことに気付いてからどれぐらいの時間が経っていただろう。
エイラはどこからか、耳によく馴染む声を聴いた。
相手の姿は見えないし、声のする方向もわからない。
それでもエイラには、誰の声だったのか、すぐにわかった。
エイラが大好きな人の、声。
「サー、ニャ……?」
目の上に乗せていた腕をどかして、エイラはゆっくりと、うっすらと瞼を開く。
視界はぶれていたが、サーニャがそこにいる確信はあった。
―――――今日は、勘の冴える日だから。
「だめよ…熱、まだ下がってないんだから…寝なきゃ」
サーニャがそう言いながら、エイラの額に手を当てる。夜間哨戒帰りの、ひんやりとした手の気持ちよさに、エイラは無意識に目を細めた。
「哨戒…終わったのカ」
「うん、ネウロイとも遭遇しなかった」
サーニャが無事に任務を終えたと聞いて、エイラはホッと息をついた。
同時に、頭の中にあったもやもやが、先程よりも軽くなった気がした。
「…エイラ、なんだか変。眠れてなかったみたいだし、どうしたの…?」
氷枕取りかえようか、と尋ねてくるサーニャのひんやりした手を、エイラは無意識に、音も無く握った。
ナンテコトナイッテ、と言い返す勇気を、今のエイラは持っていなかった。
「良カッタ…。任務中、なんにも無くて………なんにも、見なくて」
「………エイラ…?」
「こう…体調がおかしい時ってな、妙に、勘が冴えるんダ。…嫌でも見えちゃうからナー」
「……未来予知、のこと?」
「そうそう。ネウロイが見えた時なんか、」
そこまで言って、エイラは、自分が眠れなかった理由をようやく悟った。
そうか、私は。
「誰かが傷付けられるんじゃないかって、とても不安になる」
勘が冴える時の未来予知で、サーニャの未来を見るのが怖かったんだ。
今日はつまり、自分がサーニャを守れない日だったから。
「………大丈夫」
氷枕を取りかえて、サーニャは制服を着たままエイラの隣に寝転がった。
エイラが弱々しい声で「…風邪うつるゾ」と言うが、サーニャは動こうとしなかった。
「エイラはいつも、たくさんの人たちを守ってる。大切なものを守ってる。………私を、守ってくれてる」
サーニャが、エイラの頭を優しく撫でながら言う。
サーニャが紡ぐ言葉は、まるで子守唄のようで。
「だから、今夜ぐらい………私に、守らせて」
隣に天使がいるなら安心ダナ、とか思ったエイラは、段々と瞼が重くなってきたのを感じて、そのまま、静かに、ゆっくりと目を閉じた。
―――――今日は、良い夢が見れそうだ。
勘が冴える日にそう思ったのだから、間違いない。