遠くから、あの娘の、私を呼ぶ声がする。
そんな時私の瞳は決まって、
真っ白い雪原の中に、あの娘の姿を映し出してしまう。
ずっとずっと、一年周期で私はそれを繰り返してきた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  瞳の中の祝い風
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あっ、いたいた。はやてー」
「はやてちゃーん」
 
 
雪降る丘のちょっと向こうから、私を呼ぶ声がした。
顔は見なくてもわかる。なのはちゃんとフェイトちゃんだ。
キリストさんとかいうお偉いさんの生誕を祝う一大イベントの前に私がここを訪れるのは、家族にしろ友人にしろ、私を知るものであれば既知の事実だから。
 
 
「アリサちゃんから連絡来たよ。パーティの準備できたって」
「そか…わかった、ありがとな。…ごめんなぁ、途中で抜け出してもうて」
「大丈夫、みんな気にしてないよ」
「料理全部作り上げてから抜け出してたしね。羨ましいよ、その仕事の速さ」
「ははっ、なんか照れるなぁ」
 
 
それでも、全てを知られているわけではない。
自分で言うのもなんだが、毎年この日の私の頭の中は様々な思考が絡み合ってかなり複雑だ。他人に全てを吐露することなど、到底できないくらいに。
 
 
「あと5分くらいしたら私も会場行くから、その間二人で聖夜を堪能してくればええよー」
「ちょっ、はやて!?」
「ふふっ。お気遣いありがと、はやてちゃん」
「な、なのはまでっ!」
「それじゃあはやてちゃん、また後でね」
「んー」
 
 
なのはちゃんが、フェイトちゃんが、私の大切な人達が、私の名を呼ぶ度に。
遠くから、あの娘の…私を呼ぶ声がする。
今日は、そういう日だ。
 
 
「…もう四捨五入したら二十歳になってまうで、私」
 
 
そんな時私の瞳は決まって、
真っ白い雪原の中に、あの娘の姿を映し出してしまう。
雪の中にポツンと立っているあの娘は、いつも、寂しそうな笑顔を浮かべていて。
ずっとずっと、一年周期で私はそれを繰り返してきた。
あの日の自分への、何もできなかった自分への戒めをこめて。
 
 
「悲しい出来事や辛い事件はなかなか減ってくれへんけど、二代目さんも頑張ってくれとるし、八神家は相変わらずや。あ、でも家族が増えたか」
 
 
あの日から、色んな事を考えた。いっぱい、めいっぱい考えた。
あの時何もできなかったこととか、
これから私に何ができるんだろうとか、
はっきりとした答えが出せないような、そんな事を。
 
 
「その子、最初はなかなか敬語が抜けなくてな。いつかのヴィータみたいやったんやけど、」
 
 
何年目からだったか。
遠くから、私を呼ぶあの娘の声が、私の背中を押すものに変わっていたのは。
…JS事件で一区切りつけてからだったか。
 
 
「今じゃあんたの二代目と良いコンビや」
 
 
そんな時私の瞳は決まって、
真っ白い雪原の中に、あの娘の姿を映し出してしまうのだけれど。
 
 
その雪原の中で、あなたは。
 
 
「なんや、その安心したような顔は」
 
 
ホッとしたように穏やかに微笑むものだから、私も少し微笑んでしまうのであって。
あの娘の表情が変わってからは、ずっとずっと、一年周期でそれを繰り返してきた。
 
 
「…私は、変われたんかな。あの日の、私から」
 
 
雪の中のあの娘に向かって、私は静かに問う。
それは、今まで聞くに聞けなかった疑問。
今年が、初めての問い掛けだった。
 
 
「あんたはどう思う?リインフォース」
 
 
私の言葉を最後に、少しの静寂が訪れる。
答えを期待していなかったのに、あの娘は素直なものだから、しっかりと答えてくれた。
ひゅうっ、と冬特有のさっぱりした向かい風が私を撫でる。
冬の寒さを含んでいるはずのその風は、むしろ暖かみのこもった優しい風で。
 
 
「………そか。よかった」
 
 
今年からは、あの娘に撫でてもらえそうだ。
 
 
「それじゃあ、また一年後にな」
 
 
そうして私は、その場を後にするのだ。
 
 
 
 
 
 
遠くから、あの娘の、私を呼ぶ声がする。
そんな時私の瞳は決まって、
真っ白い雪原の中に、あの娘の姿を映し出してしまう。
ずっとずっと、一年周期で私はそれを繰り返してきたのだけども。
 
 
 
 
今では、それも悪くないと思っている。