二日あけて向けられた言葉は、
扉一枚分向こうだったから、
いつもよりも、素直になれた。
ドア越しの想い唄
――――中佐はわかっていてこの処罰にしたのだろうか。
エイラは、二日目の夕方にして、既に音を上げていた。
「まずいナ…想像以上に、キツイ」
彼女は今、先日の、高度33333m上空まで伸びていたネウロイとの戦いにおいて、作戦を無視したという命令違反の処罰を受けていた。
覚悟はしていた。サーニャを守るためなら、とエイラは作戦完了後早々腹を括っていた。
処罰の内容は、三日間の謹慎処分。
生きて帰れなくなるかもしれない状況下の命令違反であったにしては、かなり軽い処分だと誰もが言っていたし、エイラ自身、そう思っていた。
それがつまり、サーニャと三日間会えないということを意味していることに気付くまでは。
「今日ーの御ー飯はナーンダーロナー…サーニャと食べたかったな、夕食」
エイラは、部屋の扉の前に座って、暇潰しにこっそり忍ばせてきたタロットカードをめくりながら、サーニャの事を想う。
この、エイラにとって死活問題にも等しい重大な事実に気付いたのは、謹慎一日目の昼過ぎであった。
一方、謹慎を免れたサーニャは昨日の任務の疲れもあるだろうからと、今日の夜間哨戒は無いことになっていた。
処罰を受けるのは覚悟の上ではあったが、せっかくの休みなのに、サーニャを部屋を一人にさせたことを、エイラは昨日から後ろめたく感じ始めていた。
三日の謹慎処分にしたミーナの真意は、いくら未来予知ができるエイラでも知ることができない。
だが、今後もあの人には極力逆らわないようにしよう、とエイラは思った。
(あれ、ミヤフジとリーネの声がする…夕食、終わったのカ)
基本的に食事はできるが、謹慎中はそれも謹慎部屋でひとりきり。
部屋の中の寂しさを紛らわすため、そして外の音で大まかな時間を知るために、エイラは扉の前に居座っていた。
流石にタロットも飽きてきたので、今晩はさっさと寝ようとエイラは考える。
宮藤達も部屋に戻ったようで、扉の向こうにある廊下はしんと静まり返っていた。
明日を乗り切ればまたサーニャに会えるんだ、とエイラが扉を離れ、ベッドへ向かおうとしたその時。
「エイラ、いる?」
扉のすぐ向こうから、今一番聴きたかった人の声がした。
エイラの心臓が、大きく一鳴りする。
相手の声を聴くだけで、顔は真っ赤に染まった。
「え、あ……サ、サーニャ!?」
驚きの余り落としてしまったタロットカードをかき集めながら、扉の向こうのサーニャに返事を返す。
「どどど、どうしたんだ?夕食、終わったんダロ?」
「うん…どうしてわかったの?」
「扉の前にいるからな。廊下の音は丸聞こえなんダ」
「…ずっと、扉の前にいたの?」
「ん?ま、まぁこっそりタロット持ってきてたし…あっこれ中佐には内緒ナ!」
「うん…わかったわ」
サーニャの了承の言葉を最後に、二人の間には沈黙が流れた。
(き、気まずい…!何か話さないとっ)
エイラが何か話題を出そうと模索していると、
「ごめんね…エイラ」
「………えっ?」
サーニャが突然謝ってきたのだから、エイラは唖然とした。
「な、なんで?」
「私のせいで、エイラが罰を受けちゃったから…」
「えぇっ!? いや、それはサーニャのせいじゃないダロー?」
「でも…」
「…あのなー」
カードを拾い集めたエイラが、そのまま扉に背中を預けてトントンと軽くノックする。
エイラの意図を察したサーニャは、そのまま扉の前に座り込んで背にもたれた。
――――サーニャの前でさえなければ、本来エイラは格好いいスオムスのトップエースである。
「サーニャが謝る要素なんてどこにも無いゾ」
「そんなことないわ…」
「よく考えてみろヨ、サーニャ。命令を無視したのは私。手伝ってくれたのはミヤフジ。サーニャは命令を違反するどころか、無茶な行動をした私を必ず連れて帰るって言ったンダ」
そう、今回サーニャ自身は何か命令を無視するようなことはしていない。
「私が言いたいこと、わかるナ?」
「……………」
「それにナ、」
今回ミーナが提示した謹慎処分。先程まではこの罰の意図がわからなかったエイラだが、今なら理解できる。
これは、おそらく、
「私の三日間の謹慎処分は、多分私だけの罰じゃない」
「……………」
――――私とサーニャの両方に課せられた罰だ。
エイラの中では、既にそのような結論が出ていた。
自分がサーニャと会えないことを寂しいと思うようにサーニャが同じ気持ちでいるか、断言はできないけれども。
「私達両方に“三日間会えない”っていう罰があるから、それでおあいこなんダナ。だからサーニャが謝る理由は全く無イ」
「……………エイラ、ずるい」
「こればかりは“ナントデモイエー”ナンダナ」
扉の向こうから、サーニャが噴き出したのがわかった。
扉一枚で隔てられているけれど、エイラはサーニャの仕草の一つ一つが直に伝わっている気がした。
「でも…ありがと」
「だからナンテコトナイッテ」
背中を預け合った扉からは、愛しい相手のぬくもりが伝わってきた。
背中合わせの二人の照れ屋さんを見守るようにして、夜は更けていくのであった。