私のこころには開かずのとびらがある。
それはずっとずっと昔からそこにあるもので、
実はウーシュとも繋がることがあって、
とても、とても大切なとびら。
そのとびらは、私とウーシュにとって確かに大切で――今でも大切なとびらのはずなのに。
 
 
 
私はいつの間にか、そのとびらの鍵をどこかに失くしてしまっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  とびらのはなし
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
失くしたことに気付くのも少し遅かったと思う。
 
いつの間にかウーシュのとびらと繋がらなくなっていて、あれっと思った頃にはもうどこにも見当たらなかった。
 
 
最初はウーシュを探し回って、失くしたことに気付いてからは鍵を探し廻って。
真っ暗闇の中で探したものだから、私の歩は段々と小さくなっていって。
そのうち、立ち止まっては探すことを諦めてしまった。
 
 
私からとびらを開けることはできなくても、ウーシュからはとびらが開くはず。だからきっと時間が解決してくれる。
そうやって、私は無意識のうちにウーシュに依存していたんだと思う。
ウーシュが以前に比べてとびらを開かなくなっていたことにも薄々感づいてはいたけれど。
 
 
真っ暗闇の中、ひとりで過ごした時間は、とても寒くて怖いものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私が鍵を失くしてから、何日経ったか、何年経ったか、考えようともしなくなった頃に、彼女は現れた。
現れた、といっても、私の前にある扉は鍵がかかったままだったから、彼女の姿は見えなかった。
声だけが、とびら越しに伝わってくる。
でも最初は、声が届く前にとびらがノックされた。彼女は真面目な人なんだと思った。
 
 
「おい、そこに誰かいるのか?」
「……いるよ」
「どうしたんだ、真っ暗じゃないか。明かりはつけないのか?」
「明かりはないの。元々真っ暗だよ」
 
 
私はとびらの向こうの彼女の問いに淡々と答える。
彼女は、私がどんなに簡単に短く答えても、次々に疑問を投げかけてきた。
本当なら誰かと会話できたこと自体に高揚すべきだったのだろうけど、私は暗闇の寒さで手がかじかんでいた。
 
 
「とびらを開けば明るくなるだろうに」
「それは開かないんだよ」
「どうしてだ?」
「鍵が無いんだもん。開くわけないよ」
 
 
彼女は私の言葉を聴くと、ふむ、と考え込んだ。
そして、私に告げた。
 
 
「……それはおかしいな」
「えっ?」
 
 
きっと、言葉の伝わり方が少し変わってしまったんだと思う。
だって、彼女はこう言ったのだ。
 
 
 
「鍵が無いとびらなら、簡単に開くはずだろう?」
 
 
 
いやだからとびらを開くためのその鍵を失くしたから開くわけないんだけど、と私が言おうとする前に、とびらが突然、みしっと軋んだ。
予想だにしなかった音に思わず顔を上げると、ギギギ…と重い音を立てながらとびらがゆっくりと開かれようとしているところだった。
長い間私のこころを閉じていた南京錠が、バキッと音を立てて砕け散る。
開かれたとびらから最初に差し込んできたのは眩しすぎるくらいの光と、そして、
 
 
 
 
「なんだ、開くじゃないか」
 
 
 
 
何食わぬ顔でとびらから顔を覗かせた彼女の――トゥルーデの姿だった。
 
 
 
「…な、なんで」
「ふむ。どんな顔してるかと思えば、綺麗なんじゃないか」
「へっ!?」
「その金色の髪は、暗がりにあったら勿体ない」
 
 
 
彼女は真面目な人で、馬鹿みたいにまっすぐな人だった。
トゥルーデの手が、さっと私の髪に優しく触れる。
慣れているその手つきといい、とびらをあっさり開かれてしまったことといい、既に私は唖然とするしかなかったのだけれど、
 
 
 
 
「だってほら、光に反射してきらきら光るんだぞ。こっちの方がいい」
 
 
 
 
私の涙すらも照らしてしまうぐらい、貴女がそんなにも綺麗な笑顔で笑うものだから。
 
 
 
 
「そういえば名前を聞いていなかったな、すまん。名前は?」
「……エーリカ」
 
 
 
 
私は、貴女の手を手放せなくなってしまった。
 
 
 
 
「そうか、じゃあエーリカ。このとびらの向こうに来ないか?お前には、そちらの方が似合っていると思うんだが」
 
 
 
 
いつになったら気付いてくれるのかな――ねぇ、トゥルーデ?
 
 
 
 
 
「いいよ、行ってあげる!」
 
 
 
 
貴女が私を救ってくれたんだよ。
 
貴女だけが、私のとびらを開いてくれたんだよ。
 
だから、だいすき。