両親の目を盗んで、妹の隙もついて、城の長い廊下を抜ける。
ひょいっと木に登って、城壁を超えてしまえば、あとはあの人がいるから大丈夫だ。
「…また抜け出してきたのか」
「だぁーって暇なんだもん。お城の中」
壁からトンッと飛び下りると、いつものように、私は身体を受け止めてもらえる。
茶髪の髪を二つに結んだこの人――私はトゥルーデって呼んでるけど――ゲルトルート・バルクホルンが、どんなにため息をつこうと、苦笑いしようと、必ずキャッチしてくれることを、私は知っている。
「全く…あまり遠くまでは連れて行かないからな」
「えーいいじゃんトゥルーデのケチー」
トゥルーデは城下町で暮らしているから、私がお願いすれば、文句は言うものの結局街を案内してくれる。
最初は身分がどうとか、今以上にうるさかったから、面倒だし敬語はナシにさせた。
トゥルーデは納得しなくて、渋々…という感じだったけど、多分今はまんざらでもないんじゃないかな。
「ね、今日はどの辺に行くの?」
「そうだな…西の方に買い出しに行く用事があるし、そっちを見に行こう」
「わーい!初めて行く地方だー!」
「こっこら!あんまりはしゃぐんじゃない!」
トゥルーデの腕を引っ張って、私――エーリカ・ハルトマンは駈け出した。
自分の大好きな街の、未知なる世界へ。
「…懐かしい夢、だったなぁ。久々に」
言いながら、私はうっすらと目を開けた。
見上げれば木々の隙間から青い空が覗いている。以前にも似たようなことがあった気がする。
だが、ここは私達の生まれ故郷ではなかった。
―――そう、“私達の”だ。
「また昼寝か、ハルトマン」
頭上から声が聴こえたかと思うと、間を置かず人影が私の目の前に降りてきた。
大方この後の作戦の事前視察のために木に登っていたのだろう、夢の中の彼女よりも幾分か大人びた彼女が私を見下ろす。
「おっはよー、トゥルーデ」
「全く…本当にどこでも寝るな、お前は」
「だって、トゥルーデが傍にいるもん。安心して寝れるよ」
「…街が見えた。休憩は終わりだ、行くぞ」
「はいはーい」
「騎士たるもの、返事はハッキリと一回だ」
「はーい」
「…………」
口うるさいけど素直じゃない、先を歩いていく彼女の後ろ姿を見て、先程見ていた夢を思い出す。
昔も今も、私は彼女――トゥルーデの背中をいつも見つめていた。
そのぐらい、トゥルーデはいつも私を背に庇って戦ってくれていたんだ。
私にとって、背負った大事なものがあるように、彼女にも、守らなきゃいけないものが、他にもあるはずなのに。
「………ごめんね」
そうして私はいつも、彼女に聞こえないように、そっと謝るんだ。
あの頃は、大変な日々ではあったが、それでも幸せだったと記憶している。
「それじゃあ、クリス。すぐに帰ってくるからな」
「うん、ばんごはん作って待ってる!」
「ふふっ、それは楽しみだ」
私もまだ子供で、妹のクリスはもっと幼かった頃から、私達に親はいなかった。
日々の生活の為に、何よりクリスの為に、幾つかの短い仕事をもらっては、私は毎日生まれ育った城下町で地道に働いていた。
私とクリスが生まれる前からここに住んでいたという両親のこともあってか、街の人たちは、とても優しかった。
まれに、厳しい内容の仕事もあったけれど、いつだって誰かが支えてくれていた。
私達は、周りに恵まれた幸せ者だったと思う。
「次の仕事までまだ少し時間があるな……本でも読もうかな」
思えば、あいつとの出会いも唐突だった。
「ちょっと、そこの人!」
私が、城壁の傍にある木陰で本を読んでいた時にだ。
「私今から飛びおりるから、下で受け取ってもらえないかな!」
城壁の向こう側から伸びている木の枝に乗った子供がこちらを見下ろしてそう言ってくるんだ。
まず焦る。
「………え」
「ほらほら!早くしないとへーしさんにつかまっちゃうんだって!」
「いや、あの」
「げっ、もう来た!とにかく行くよー、ホイッ!」
「え、ちょっ……待てっ!」
そうして木の枝から飛び降りた彼女を見た瞬間に、私は読んでいた本を投げ出して地面を勢いよく蹴った。
この頃既に私は魔法が使えていて、この場合も固有魔法――即ち怪力の能力を発動させた。
魔法を使っていれば、幼い私でも年下の女の子ぐらいは抱えられた。
「あっ、危ないじゃないか!」
「まぁまぁ、結果オーライだよ。…ねぇ、それもしかして魔法?耳さわってみてもいい!?」
「だーもうっ!触るな!まず名乗らないかっ!」
「あ、ごめんごめん。私、エーリカ・ハルトマン。さっきはありがとう!いやぁ退屈だったからさぁ、城、抜け出してきちゃったんだよねぇ」
「ゲルトルート・バルクホルンだ。………待て、今なんて言った?」
「ん?いやだから、城を抜け出してきたって…」
「ということは……貴殿の御両親は……」
「うん?とおさま偉い人だって言ってたよ?」
「え、ええぇぇぇっ!?」
初めて出会ったその時から、ぶっ飛んでいたんだ、あいつは。
「いらっしゃい、長旅ご苦労様」
「また背が伸びたんじゃないか?」
基地の入口の前で、坂本戦技長とミーナが私達を出迎えてくれた。
数年ぶりの再会だったので、私もエーリカも無意識に笑みを浮かべてしまった。
「あぁ。久しぶりだな、ミーナ」
「戦技長も久しぶりー!」
「はっはっは!元気そうでなによりだ、二人とも」
お互いのとりとめのない話をしながら、私達は基地の中を進む。
今回の異動で私とエーリカが招かれたのは、第501統合戦闘騎士団――通称ストライクウィッチーズという部隊で、私達はミーナと戦技長からの勧誘に応じる形でここに所属することになった。
ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ騎士団長と坂本美緒戦技長。
私と歳がほとんど一緒だが、二人は私達にとって命の恩人だ。誘いを断るわけが無かった。
「聞けばバルクホルン、あれからずっと二刀流を極めてるらしいじゃないか。どうだ、後で手合わせでも」
「戦技長が御相手ならば本望です。是非」
「えー!トゥルーデまだ動く気なの!?私もうくたくただよー」
「三日かけてここまで歩いてきたんだもの、仕方ないわ。部屋はもう用意してあるから、ミーティングが終わったらゆっくり休むといいわ」
「やった!久々にふかふかのベッドだー!ありがとうミーナ!」
私の隣を歩くエーリカが、無邪気にはしゃぐ。
ここに来るまでの間もお前は散々寝てただろう、と指摘したくもなったが、確かに休憩や野宿を入れたもののこの三日間は歩き通しだった。疲れて当然だ。今日は大目に見てやることにした。
「他の団員達は、みんな揃っているのか?」
「えぇ、あなたたちで最後だったの。もうミーティングルームに集まってもらっているわ」
「どいつも育てがいのある騎士達だぞ!はっはっは」
戦技長が豪快に笑う。
ミーナがその隣で苦笑いしていたのを見る限り、生半可な訓練ではないらしい。
それを察して苦笑したエーリカが、そういえばと思い出したように呟いた。
「ここに来る前に名簿見たけど、あんなに世界中からエース集めてる騎士団なんて初めて見たよ」
「ふふっ。でも剣術を習い始めたばかりの子も二人いるのよ」
「そのうちの一人は私が扶桑から連れてきたんだ。見込みがありそうだったんでな」
「ほぅ、それは楽しみだ」
「近いうち手合わせしてみようとか思わないでよ?トゥルーデが相手すると録なことにならないから」
「おい、それはどういう意味だ」
「…自覚無いでしょ、自分が撃退数で世界トップのエースだってこと」
「なっ…私が新人相手にムキになるわけあるか!お前だって世界三本指に入るだろうに!」
「私は手合わせしないもーん」
そんな話をしているうちに、私達はミーティングルームの前に到着した。扉を開けた戦技長とエーリカが、先にミーティングルームへ入る。
二人の後を追って部屋に入ろうとした時、ミーナが小声で私に耳打ちした。
「祖国の話は、また後でね」
「…あぁ、わかってるよ」
私達の、ストライクウィッチーズとしての新しい生活が、始まる。