空の色に染まった事は、おありでして?
心のキャンパス
私の世界は一度、色を失くしてしまったのでしょう。
戦火の真っ赤に、あるいは絶望の真っ黒に塗りつぶされてしまっていたのでしょう。
でも貴方が私の世界に来られたことで、今は、ゆっくりではありますが、色を取り戻しつつありますの。
私の世界に貴方が現れて、世界が広がって、私は救われました。
それでも、逆説がもとの題とイコールである事例なんて、そう多くは無いのですわ。
貴方の世界に、私はいるのでしょうか。
ロマーニャは比較的温暖な地域で、むしろ暑すぎる時期もありますから、雪は滅多に降らないのですけども。地域によっては、たくさん積もることもあるそうで、私達ストライクウィッチーズがロマーニャの開放に貢献した後に迎えた冬に一度だけ、雪が積もりましたの。
ブリタニアやガリアでは、雪は降っても積もることはありませんので、私やリーネさんは、目の前に広がる真っ白な景観に、ただただ驚くばかりだったのですけれども。
「うきゃー!ゆっきぃー!」
まぁその一方で、元気にはしゃぐ方も、いらっしゃるようなのですわ。
「おぉー!向こうの山のてっぺんも真っ白だぞ!」
「ね!ね!シャーリー!雪合戦しようよ!」
「なにこのぐらいの雪ではしゃいでるんだヨー。スオムスやオラーシャじゃあこの程度なんとも…」
「エイラ、雪だるま…作らない?」
「お、おおう!?いいぞ、作ろうサーニャ!」
「なんだよエイラ、雪合戦しないのかー?…しょうがないな、じゃあバルクホルンとハルトマンあたりで…」
ルッキーニさんとシャーリー大尉は相変わらずお元気なことで、エイラさんもサーニャさんには弱いのですわね。エイラさんが忘れた頃にそっとからかってさしあげましょう、真っ赤になった顔が楽しみですわ。
シャーリーさんが雪玉をバルクホルン大尉に投げられて、大尉がムキになってシャーリー大尉に投げ返し始めて、いつもの光景になりましたわ。それは電撃戦でもなんでもないと思いますの、雪合戦ですのよ。
ハルトマン中尉も面白そうだからと便乗して4人で雪合戦が始まりましたわ。私はまぁ、流れ玉が飛んでこなければそれでいいのですけれども。
そう思っていると、基地の方から駆けてこられる人がいらっしゃって。あれは、宮藤さん、と…坂本少佐!?
「ペリーヌさーん!リーネちゃーん!」
「あれ、芳佳ちゃん、どうしたの?」
「少佐…その、抱えてらっしゃるものは一体…?」
「む?あぁこれはな、ソリだ!」
私の隣に立つリーネさんがえっ!?と驚きになっていますが、私も同じ気持ちでしてよ。少佐と宮藤さんが抱えているものは、ビニール袋に、ダンボールに、ロープとガムテープ。ソリの形すらそこにありませんもの。
でもきっぱりとお答えになる少佐はやはり素敵で…おほん、話が逸れましたわ。
「ソリ…ですか?」
「あぁ。ビニール袋とダンボールでな、ソリが作れるんだ」
乗ってみるか、と坂本少佐が目の前でソリを作りながら私を見上げました。少佐の手際は素晴らしいもので、手作りのソリはすぐに形になっていきました。ビニール袋の中にダンボールを入れて、取っ手のロープを固定して、ガムテープで補強して出来上がったソリは、ただのソリではないような気がしますの。シンプルな造形の中に秘められた機能性が感じられますわ。
向こうでは宮藤さんが元気な声でできたー!と立ち上がって、リーネさんの腕を引いて坂道を登り始めていましたわ。リーネさん、お顔が真っ赤でしてよ。宮藤さんはきっと気付かないのでしょうけども。
さて坂本少佐は、と話しかけようとして振り返ると、少佐は私の手を引いて、宮藤さん達と同じように坂道を登り始めました。
「ほら早速滑るぞ!ペリーヌ!」
「えっ、いえあの、まだ心の準備がっ」
私の世界は、私のこころは、坂本少佐と出会えたことをきっかけに、元の色を取り戻すようになっていきましたのですわ。
初めてお会いしてからずっと、私は坂本少佐に大事なものを教えていただいたのですけれど、私はどうなのでしょうか。坂本少佐に、何かを返せているのでしょうか。
空を飛び続けていたいという坂本少佐の心の中すべてを知る事は、私にはできないと思いますの。私は中尉で、少佐は私よりもはるかに階級が上の御方で、戦術や知識は教わる身。でも、やはりそれでも、受け取ってしまうだけでは、不公平だと思いますの。
きっと、少佐に恩返しできるようなものを、私は持ち合わせておりません。
それでもなにか、なにかお返ししたい。
それは私のわがままなのか、プライドなのか。
「はっはっは!どうだペリーヌ、このソリはよく滑るだろう!」
「は、はいっ!」
少佐のお作りになられたソリは、とても勢いよく斜面を下っていきましたのですわ。雪を削って擦って滑るソリは、徐々に加速して、最後まで滑りきる頑丈さも兼ね備えていましたのよ。
実のところ、私はソリの手綱を握る少佐にしがみついているだけで精一杯だったのですけれども。
ソリの乗り方を教えるぞ!と宣言した坂本少佐は、ソリの手綱を握って自作のソリにまたがれると、さあ乗れと私におっしゃってきたのですわ。後ろに乗ってしっかりつかまれ、と。
少佐の笑顔があまりにも輝いていたので断るわけにもいきませんし、恐れ多いのですけども私は少佐の脇に、手をまわしてソリに乗ったのですわ。ただ、少佐との距離が近すぎてそ、その…顔を上げられませんでしたの。だってほらみてみなさい、リーネさんだって宮藤さんの腰に手を回して顔が真っ赤になってますわ。すごく幸せそうな笑顔ですけれども。
私が顔を上げられないでいるのに気付いていらっしゃったのか、少佐が、私にささやいたのですわ。
「おいおいもったいないぞ。顔を上げてみろ、ペリーヌ」
「少佐…?」
「ほら見てみろ、絶景だぞ!はっはっは!」
私は少佐に言われるがままに顔を上げて、目の前にいらっしゃる坂本少佐のさらに向こう、向かい風が飛んでくる正面を見ましたわ。
どんどん流れる周りの景色は、どこまでいっても真っ白で、真っ青で。土地は白くて、空は青くて。どこまでも、きっと山の向こうまで、広がっていて。
一度真っ赤に、あるいは真っ黒に塗りつぶされた私の世界は、染め直しのまず始めに、坂本少佐がお教えしてくださった空と雲の色に塗り替えられたのだと、そう思いましたのですわ。
そうしてまた、私は、少佐に与えられたものがあると気付いてしまいますのに。
「なぁ、ペリーヌ」
「はい」
「私はな、ペリーヌに感謝しているんだぞ。お前達がいると、空を飛び続けたくなった。空を諦めたくなかった。11人の仲間でいたかった。そういう私でいられたのは、ストライクウィッチーズという仲間が、お前達だったからだ」
「少佐……」
「ありがとう。私はもう飛べなくなってしまったが、まだまだ前線は外れないからな、これからもよろしく頼む」
「…はい、私こそ、これからも御指導お願いします」
私は貴方に、何をしてあげられているのでしょう。
真っ赤な、あるいは真っ黒な色を塗り替えられて。
空色でいっぱいになった私のこころは、次に、貴方への想いを描きたくて仕方がないのです。