見上げれば青い空。俯けばごつごつした岩場。
 そして目の前には、黒翼の――私にとっては、天使が一人。
 だけど、今の彼女に笑顔は無い。
 彼女には、もっと笑っていてほしいんだけど。
 
 「…どうして、こうなったんだっけ」
 
 私はポツリと呟いた。言葉は、空に流れて消えた。
 ここは時空管理局内のとある訓練室。
 ザフィーラが結界を何重にも張ってくれたから、私も彼女も全力を出せる。
 ただの模擬戦じゃない。それはわかってる。
 だけど、喧嘩でもないはずだ。
 
 「…………………多分」
 
 自分の言葉に自信が持てなかった私は、またポツリと呟いた。
 言葉は、先程と同様に空中で消えていった。
 もう一度考える。どうして、こうなったんだっけ。
 
 
 私――フェイトにとってのきっかけは、はやての一言だったんだけど。
 
 
 「…なぁ。今日、一つ空いとる訓練室あったよな?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  だから、夢中になる
 
 
 
 
 
 
 
 
 「フェイトちゃーん。準備はいいー?」
 
 シャマルが通信念話を使ってフェイトに聞いた。
 
 「あ、はい!いつでも!」
 
 フェイトは何か考え事をしていたらしい。
 いつもより返事が少し遅れていた。
 
 「はやてちゃんはー?」
 
 シャマルは、黒翼を背中から生やした自分たちの主――はやてにも、念話を使って確認を取った。
 
 
 「いつでも、いけるで」
 
 
 今日の主はいつもより静かだ。
 声音が、少しばかり低い。
 はやてちゃん、怒るとこうなるのねー、とシャマルは思った。
 
 はやての顔には、真剣な表情はあれど、怒りの表情は無い。
 ヴィータちゃんだと気付くのに時間がかかりそうね、ともシャマルは考えた。
 そうこうしてる間に、時間がくる。
 
 
 
 「それじゃあ、フェイト・テスタロッサ執務官と八神はやて捜査官による模擬戦、はじめまーす♪」
 
 
 
 この後、訓練室(ここ)が戦場になるのはわかりきっている。だから、明るめに言った。
 自分が開戦を宣言した瞬間に、両者とも中距離砲撃を放ったから、嫌でも伝わってくる。
 フェイトはプラズマスマッシャーを、はやてはクラウ・ソラスを。
 両者の攻撃は、真正面から激突して、大きな爆発とともに、お互いを打ち消した。
 
 「…結界、ザフィーラだけでなんとかなるのかしら」
 
 盾の守護獣である彼の身を、思わず案じてしまったシャマルであった。
 
 
 
 
 
 
 
 (フェイトちゃん、やっぱ速いな――)
 
 砲撃を放ってすぐ、二人はすぐに次の行動を起こしていた。
 いや、若干フェイトの方が速かったかもしれない。
 先の魔法の爆発による煙幕が消えぬうちに、近距離まで詰められているかもしれない――はやてはそう考えた。
 
 「刃持て、血に染めよ」
 
 煙が晴れぬうちに詠唱を唱え始めたはやての耳に、ヒュン、と風の鳴った音が届いた。
 彼女は後ろに回ってきてはいないだろう。だが先程よりも自分に近づいているはず。
 相手がどう出るか、先を読み、考えながらはやては魔法を繰り出した。
 
 「穿て、ブラッディダガー!」
 
 はやてが自身の周りに、いくつもの紅い短剣を出現させる。
 そして、煙をかき消すように、はやての読み通りに、目の前にフェイトが現れた。
 フェイトも、魔法は、発動済み。バルディッシュは、サイズフォームのまま。
 
 「アークセイバー!」
 
 フェイトの掛け声とともに、振り下ろされるバルディッシュ。
 光の刃が、不規則な軌道ではやてに向かっていく。
 だが、はやての周囲に浮かんでいたブラッディダガーが、その光刃へと突き刺さっていく。
 
 (ブラッディダガーの数が多い…このままじゃ押しきれないかな)
 
 そう判断したフェイトは、一言、唱えた。
 
 「セイバーブラスト」
 〈SaberBlast〉
 
 バルディッシュが復唱すると、アークセイバーはひとりでに爆発した。
 突き刺さっていたブラッディダガーも、爆発の巻き添えになって消滅した。
 
 「だと思ったわ!」
 
 ブラッディダガーが通じないことは重々承知していたはやて。
 割と近距離で発生した――それでも最初のものに比べたら十分小規模だが――爆発から逃れるため、背中の三対の黒翼を羽ばたかせる。
 
 「そんな速さじゃ、すぐに追いつくよ!」
 
 言いながら、ぐっと距離を詰めようとするフェイトがさらに加速してはやてに近づいていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 どうしてこうなったのかはわからない。
 
 「なぁ。今日、一つ空いてる訓練室あったよな?」
 
 フェイトにとってのきっかけは、はやてのこの一言だった。
 
 「え?うん、空いてるけど」
 「そか。んじゃシグナム、よろしくな」
 「はい。お任せください、主はやて」
 「え?え?」
 
 空いている訓練室があるとわかった途端、はやてはシグナムに、訓練室を使う許可をもらってくるように指示した。
 突然すぎたので、フェイトは状況をいまいち理解できていなかった。
 
 「訓練室壊れるとアカンからザフィーラ、防御結界張ってくれるか?」
 「承知致しました」
 
 ザフィーラに訓練室の保護を頼んだはやては、「流石に無限書庫からユーノ君引っ張ってくるわけにはいかんしな」と、笑った。
 
 「まぁユーノ、最近結構忙しいもんね?」
 「それに、今日ははっきり言って私情私闘やしな」
 
 普段と変わらないように笑うはやての発言に少し違和感を覚えたフェイトだが、すぐに気のせいだと思うことにした。
 
 「じゃあ全力全開?いいなぁ~。私ともやろうよはやてちゃん~」
 「なのはちゃんとはまた今度な。まぁ、この後見に来るのは構わんから」
 
 なのはと会話するはやてを観察してみるが、先程の違和感は無かったからである。
 
 そして、シャマルを審判として呼んで、モニター越しのクロノの監視の下、この戦いが始まったのであるが。
 
 
 
 
 
 
 
 (でも、戦うからには、勝つ!)
 
 なのはとはやてもだが、フェイトも基本的に負けず嫌いである。
 まして、自分の得意とする()距離(ロス)戦闘(レンジ)なら、なおさら。
 
 「やぁっ!!」
 
 フェイトが直接、はやてに向かってバルディッシュを振り下ろそうとした。
 はやては、かわすか、防御魔法を発動させる――そこで出来る隙を突いて、攻撃する。
 フェイトの攻撃は、そう考えた上での行動だった。
 
 
 だが、フェイトはその直後、一瞬動きを止めてしまうことになる。
 
 
 「正面からやりあうだけが、()距離(ロス)戦闘(レンジ)やないでっ!」
 
 
 はやての声を耳にしながら、フェイトはバッと距離を開けた。
 はやては砲撃魔法や射撃魔法を繰り出そうとしたわけではない。フェイトの攻撃は通っていたかもしれない。
 だが、フェイトは反射的に、はやての――自分が攻撃した後に来る攻撃を警戒した。
 
 
 ――はやてが、夜天の書の(ページ)を、フェイトに向けていたからだ。
 
 
 
 フェイトはその行動に見覚えがあった。だから反射的に退いた。
 思い出したのは、あの、とても幸せな――けれどもあり得なかった、夢。
 
 
 
 
 
 ―――「早寝早起きなフェイトを見習ってほしいですね。アリシアはお姉さんなんですから」
 
 ―――「怖い夢を見たのね。でももう大丈夫よ。母さんもリニスもアリシアも、みんなあなたの傍にいるわ」
 
 ―――「じゃあ私も!一緒に、雨・宿・り
 
 
 
 
 
 ―――「現実でも、こんな風に、いたかったなぁ
 
 
 
 
 
 
 
 「――――ッ!!」
 
 無意識に、フェイトの目が鋭くなる。
 
 「反則やと思ったか?うーん自分でもそう思うよ。せやけど、」
 
 一瞬動きを止めたフェイトの隙を、はやては見逃さなかった。
 見逃すはずがない。はやては、フェイトがこうなると予測した上でこの状況になるように仕掛けたのだから。
 
 
 「今日は、全力、全開で、行かせてもらうからなぁっ!!」
 
 
 はやては、前方に白銀の刃を作り出した。その数は、八つ。
 
 
 「バルムンク!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 「今日のはやては、心理戦も上手く使ってるな。手強い」
 
 モニター越しに戦いを見ているクロノが、感慨深そうに呟いた。
 
 「うん。はやてちゃん、今日は絶対本気出しきる、って言ってたから」
 
 そう言って、うずうずしながら観戦しているなのはは、明らかに、自分も今すぐ参加出来たらなぁという表情を浮かべていた。
 クロノとシグナムが、なのはを見て苦笑いする。
 
 
 「しかし、どうしてこんなことになったんだ?模擬戦なら、来月の頭にやるじゃないか」
 
 クロノが、当然とも言える疑問をなのはとシグナムに提示した。
 
 
 「いえ、それが……
 「……これ、ただの模擬戦じゃないの」
 
 シグナムの渋顔と、なのはの苦笑いを見て、さらに謎が増えるクロノ。
 
 
 「……喧嘩でもしたのか?」
 
 
 基本的に喧嘩をしない三人だろうに、と思いながら、クロノは聞いた。
 
 
 「喧嘩……ではないな」
 「うん。だって、フェイトちゃん気付いてないし」
 
 現場を見ながら、確認するように言うシグナム。
 はやてちゃん相当怒ってるのに、となのはは呟いた。
 
 
 
 「何に?」
 
 はやての怒りの理由が全く分からないクロノは、きっかけを尋ねた。
 
 
 
 
 ―――はやてにとっての、きっかけを。
 
 
 
 
 「えっと、それはね――
 
 なのはの回答は、実にシンプルだった。
 戦場と化しつつある訓練室で、ドドドンと、連続的に爆発音が響いた。
 
 
 
 
 
 「―――フェイトちゃん、自分のお母さんプレシアさんのこと、ちょっと悪い言い方しちゃったんだよ」
 
 
 
 
 
 
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